火花が赤子に飛ばぬよう
「多分今回の話し合いは、酷く気分が悪いものになると思う。だから今謝っておくね。」
そういって樫野校長は頭を俺に下げた。本来一生徒がPTAの話し合いの場に出ることなんてまずない。それでも出なければいけなくなったのは、冷徹に言えばこの人が俺のことを引き合いに出さなければいけなかった、守ることができなかったからだろう。けれど今回の件が一応俺の謝罪なしに終わるとは思っていなかったし、別にそれに関して特に怒りの感情はない。寧ろ、きっとできる限りのことをして俺のことを守ろうとしてくれたと思う。
「先生も大変ですね、2種類の子どもの面倒をみなくちゃういけないなんて。」
「......ごめんね。」
PTAのばあさんどもはそれなりの数いたが、恐らくいても20人くらいの人数だった。フルメンバーともなればきっともっといるはず。俺らが作った料理を片手間に、最初は議題などには触れず、やれどんなバックを最近買っただの、どこに旅行に行ったのだの、本当に井戸端会議で話すような内容ばかりだった。
彼らが最初に食べていた俺らお手製の恵方巻は2口程度食べられたもので、それ以上は食べられていなかった。聞こえた声を拾うのであれば「やっぱりお腹空いてないわ」「どうせ子どもが作ったものだし、あんまりおいしいくはないわね」そんな感じだった。
最後の1人揃ったのを確認して、樫野校長から話が始まった。少し前にそもそもPTAとはどんなものかを聞いてみた。簡単に言えば保護者代表の会で主に学校のイベントのサポートなどが仕事らしい。そこだけ切り取れば何ら問題はないが、このグループの影響力が何より厄介らしく、少しでも悪いことがあればそれが一気に伝染病のように広がるようなものと話していた。きっと俺の冤罪の時はすごかったのだろう。少し遠くに見える領さんが苦い顔をしているようだった。
基本的な話はつつがなく進み、これと言って問題はなかった。
そしておそらく今回の議題の中心である、俺が皆々様方の前に立たせてもらった。本来生徒が呼ばれてこんなふうに呼ばれることなんてないだろうが、今回は向こうが直々に指名が入った。本来保護者も呼ぼうとなったが、それはうちの事情も鑑みて樫野校長が何とか止めてくれた。実際俺の両親だって易々と呼べない状況にある。......特に母さんは絶対に。
「えと、2年7組の狐神彼方と申します。この度は生徒の方々、及び保護者様に多大なるご迷惑をおかけしてしまい、大変申し訳ございませんでした。」
ある程度の事情は既に樫野校長が伝えてくれており、要は俺がここに呼ばれた理由は俺からの直接の謝罪が必要だったから。とはいってもどうだろう、俺に責任を取ってここを辞めろとか言われてるのだろうか。でもそれなら自分の子どもらが冤罪の俺をボコボコにした話がどうしても出てくる。そこは引っ張り出したくないと思うから、そこまではいかないと思うんだけど。
さて、誰が最初に火種を投じるかと思っていたが、それはPTAを牛耳っているであろう人物が声を上げた。
「いえいえ、私たちもこんな大人が寄ってたかってみたいな状況を作ってしまって申し訳ない。こんなの、ある種イジメと捉えられかねない。まぁ君の場合、学校の生徒全員を相手に取れるくらいだから、気にもならないかもしれないが。」
その言葉に笑いが少し起こった。あくまで俺を冤罪の被害者ではなく、今回の暴動の件の加害者として見ているのか。だが別にそれに関しては特になんとも思わない。実際この人らに怖いなんて感情どうやっても芽生えないから。
俺が慌てたり怖がったりすることを期待していたのだろうか。俺が全然動じないことにあまりいい顔をしない人もいた。結局年端食っても子どもは子どもか。でかい子どもほど厄介なものはない。......けれどやはりというべきか、牛耳ってる奴は周りと明らかに纏う雰囲気が違っていた。
「......すみません、もし差支えなければお名前を伺ってもよろしいでしょうか?」
名前を聞いてもしかしたら俺の知っている生徒かもしれない。そうしたらもし今後またPTAの連中と話し合う場面になっても何らかの材料には使えるかもしれない。ニ度とこんな会には来たくないが。
「これは失礼、私の名前は渦雲火花と言います。」
渦雲、そんな生徒の名前は聞いたことがない。少なくても2年生にはいなかったと思うし、もしかしたら今回のPTAの役員には1年生の保護者とかも含まれているのだろうか。
「どうも息子は反抗期なのか、私のことを激しく嫌っていてね。しかし時間もないし、息子の好感度も上げておきたいし、今回はちょっと強引だけどここにはせ参じたんだよ......息子は君と大変仲良くさせてもらっていてね......そんな大切な息子の友達を傷つけるつもりはないよ。」
後半のセリフが俺のことをいたずらに傷つけるなという、周りにいる人間の牽制ということは分かった。俺もそんな人がいるなんて思わなかったし、樫野校長たちも意外だったようだ。しかしそれ以上にこの渦雲という人間の息子、つまり男子生徒が俺と仲良くしているというセリフの意味が分からなかった。俺にはそんな名前の友人なんていないし、でもこの人が嘘をついているともなんとなく考えにくい。