幼気な女子高生を侍らすカス人間の日常 10
「それで、週末の保護者向けのイベントに向けてこの調理室を借りたいって話だよね?聞いてる聞いてる。」
「ありがとうございます。それで大変恐縮なのですが、冷蔵庫にこれらの食材を入れさせていただきたく......」
「うん、聞いてる聞いてる。でもそれをなんで美桜ちゃんじゃなくて私に言うかな?」
「あのぉ、怜奈もう腕プルプルってぇ感じなんですけどぉ~......」
水仙と星川が今ぶつかって、もしものことがあったら困るからなんて言えないだろ。そんなのまるで二股してるクズ野郎の言い訳みたいじゃないか。水仙の姿が見えない今を見計らってきたんだ、できるだけ早くこの場から去りたい。星川がいなければそこまで大きな問題にならないんだが、すっぽんの如く俺から離れてくれない。水にでも入れればいいのだろうか。
「ここで今あんたを追い返さないのは、あんたの事情を美桜ちゃんからなんとなく聞いてるから。じゃなきゃ、美桜ちゃんが好きなあんたが、自分に好意を向けてる後輩女子をこれ見よがしに連れてきたのを知った時点でこの包丁であんたを殺す。あと、勘違いしてほしくないのは、私が強引にあんたの事情を聞いた。美桜ちゃんが話したくて話したわけじゃないこと。」
小原の手にはえらいぶっとい中華包丁が握られていた。相当磨かれているのか、刀身が反射して俺の慌てふためいている顔がばっちり見えた。そしてなんの料理に使うか知らないが、まな板の上に置いてあったソーセージが真っ二つに斬られた。それに対して「こわぁい」と星川が全然怖がる素振りなく言った。
「あの、本当に水仙の件については「謝るの?」......いや、謝ることはなしない。気持ちに応えられなかったのは本当に申し訳ないけど、告白を断ること自体は悪いことではないと思う。寧ろ、その気がないのに付き合った方が悪いと思う「隣に女子侍らせて何言ってんの。」それはそう。」
「離れろっての」と改めて力を入れても「いやです~」と全然離れない。いや、多分俺の全力を開放すれば離れるとは思うんだが、流石に力任せに振りほどくのは拒絶感が強くて嫌なんだよな。こういうところが優柔不断なんすかね。
「あれ、小原ちゃん、誰か来てるの......狐神君、こんにちは。」
明らかに俺の手に引っ付く星川を見て、失望の目を向けられた。それは今まで水仙から向けられてきた視線の中で一番冷たいものだったと思う。
「その子がお正月に狐神君に告白したっていう星川さんだよね。すごい可愛いね、それでいてそんなに狐神君のことが好きなら、もう付き合っちゃえばいいんじゃいないかな?」
「水仙さん、あの「冷蔵庫を使う予定だったんだよね?この冷蔵庫空けておいたから好きに使ってね。それじゃあ、さよなら。」」
笑顔で今までにないくらいぶちぎれていた水仙はその場をゆっくりと去っていった。その姿に小原も黙っていた。とはいえこうなっては仕方がない。とりあえず抱えた食材を冷蔵庫に入れていくことにした。
「あれが水仙先輩ですか。あんな綺麗な人に好かれてぇ、狐神先輩はぁ幸せですね。」
「......私は本当に汚いな」とお腹に手を当ててそうぼやいた。その汚さというのが、自分の今までの由緒のことを言っているのか、自分の恋敵に対してあんな態度を取ったのか、その両方だと俺は思った。
「あの、もし本当に嫌だったら、言ってくださいね。あんな綺麗な人なら、私も諦めがつきます。」
「汚いかどうかはわからないけど、それは星川が頑張ってきた軌跡だろ。」
「......そう言ってもらえると、少しだけ自分のことを好きになれる気がします。」
「そっか。それなら「ちょっと後ろ通るね。」あっっづ!?」
調理中に不用意に動かないでもらっていいですか。しかも俺嫌な予感して体反ったのに、わざわざ軌道変えて煮えたぎった味噌汁入った鍋ぶつけてきたし。多分早々にここを去らないと俺の安全が確保されない。半ば逃げるようにしてその部屋を去った。
「可愛い子だったね。それでいて、すごい辛い境遇で生きてきたんだって。それを狐神君が救った。......すごいなぁ、まるで漫画のヒーローとヒロインみたいだね。」
「......諦めようとしてるの?」
「本当に好きなんだなって、少し見ただけでも十分に分かったのは事実だよ。でも諦めるのはちょっと違うかな。」
別に小原としては水仙に付き合ってほしいとも、付き合わないでほしいとも思っていなかった。どんな結果になったとしても、水仙が泣いてしまうことにならないことを祈るばかりだった。にしても、水仙のような絵にかいたような美少女と、あんな語尾がぬめぬめしたような女であれば比べるまでもないのではないかとも考えていた。しかし誰にどんな想いを寄せていようがそれも自由として考えた。
「それはそれとして、これから週末にかけて狐神も恵方巻を作りに来ると思うけど、なんかアプローチでもしていくの?」
「へぇ!?アプローチってそんな、しないよ。今回はイベントももうすぐだし、生徒会の人たちと動いていくらしいからね。」
流石にさっきみたいな虐待をずっとしていたら好感度は下がる一方だろう。そんなものは誰の目にも明らか。狐神は恋愛感情がないと言っていたが、そんなものは些細な理由で取り戻す可能性もある。そうなった時になってから動くでは遅いと思うが、それはわざわざ言うまでもないかと、小原はそれを飲み込んだ。




