彼女の生態 2
そもそも最初の痴漢の時に俺が強く否定していたにも関わらずなぜ誰も信じてくれなかったのか。それはクラスの1人に原因がある。
斑咬大貴。この学校唯一の同じ中学校出身で、妹の彼方と太陽とも関係がある、俺の事が大嫌いで俺も大嫌いな人物だ。きっと白花に彼方の情報を流したのもこいつだろう。
そんな訳で少し話し合いをしようじゃないか。
「何で妹の情報をアイツに流した。あの件は他言無用で決まっただろ。」
「いきなり掴みかかるとは穏やかじゃないな。別に難しいことじゃないだろ。俺がお前を嫌いなだけだからだ。影響力のある白花に持たせておけばお前の自由もなくなるって算段だ。そのままいなくなってくれれば万々歳なんだがな。つか消えろよ。」
なんで俺の周りはどこもかしこも敵ばっかりなのか。
「なぁ狐神。今のお前はさぞこの学校で暮らしにくいだろ?だから頼むよ。」
「あの時失敗したんだから今度こそ死ねよ。」
確かに過去にそんなこともあったが、だからって「はいじゃあ死にます」って死ぬわけにもいかない。だから挑発も込めて「じゃあお前が殺しにこいよ。」と売り言葉に買い言葉な勢いで言ってしまった。さすがにほんとに殺しにくるような度胸もないだろう。せめてもの嫌がらさせに上履きに両面テープでも貼っておくか。
一瞬斑咬が白花以外にも彼方の情報を流すかもと危惧したが、一応秘匿事項みたいな感じになっているから、『斑咬が彼方の情報を流した犯人』と言われるリスクを避けるために多分言いふらすことはしないだろう。でも逆に俺ができることは何も無い。生徒会の権力を使って弱みを探そうと思えばできなくは無いが多分見つからないだろうし、それをこちらも先生にバレた時のリスクもある。深見の時はあいつが学校を辞めた後だったし、後先もあまり考えてなかった。後手に回ってしまう可能性は高いが、何もしない、冷戦みたいな状態を維持する事がいいのだろうか。もう少し頭が回ればいいのだが。
「……何か考え事?」
「ん?あ、いや大したことじゃないから。ごめん、手止まった。」
「……それは大丈夫だけど、ちょっと心配。」
今日の生徒会は俺と鶴しかいない。何だかそれだけ聞くとちょっと胸が高鳴るが、この仕事量の前ではそんな事言ってられない。働かねば。
にしてもほんとに鶴はいい子だな。気を使えて、美人で、勉強もできて、運動もできて、人当たりもよくて、料理も美味しくて、子どもの面倒もよく見て、疲れた時には……おっと、少し妄想が。
「えと、じゃあ少しだけ相談に乗ってもらっても構わないか?」
俺が話をしないと鶴もあまり集中して作業を行えないようだ。だったら少しだけ相談させてもらおう。もしかしたら俺が誰かに話を聞いて欲しかったのかもしれないが。
作業を一旦止めコーヒーを淹れる。「……ありがとね」と言われたので「相談料だから」と言った。
「弱みを握られた人にそれを黙ってもらうにはどうすればいいと思う?」
単刀直入に訊いてみたが、何となく予想できた質問だったらしく驚いた様子はなかった。俺はいつも誰かと摩擦を起こしてるような人間と考えているのだろうか。
「……冤罪の?」
「今回は少し違う。えっと、......鶴ならいっか。妹が祖父を殺したって言いふらそうとする人がいてな。それを黙らせたくて。」
これには少し驚いたらしく、コーヒー飲もうと伸ばした手が一瞬止まる。
「!妹さんは本当におじいさまを殺したの!?」
「?いやそうじゃないんだが......」
話し出す前のいつもの溜めがなく、何となくいつもより感情的に見えた。気のせいだろうが。
「殺した、というよりは助けなかったって言う方が正しいかな。……一から話した方がいいか。」
そうして話そうと思った矢先、鶴の携帯が鳴った。「……ごめんね。」と言うと電話に出て短い会話をする。その顔はあまり楽しそうなものではなかった。そしてやがて電話が終わると「……ごめんなさい、急いで帰らなくちゃいけなくて。」と言われた。別に俺に止める権利などないし、相談などいつでもできる。
「大丈夫。早く行ってあげて。」
そうして今日も今日とて白花に嬲られる。どうやら最近は特にストレスがマッハで溜まっているらしい。恐らく仕事の方だろう、学校に来ることも少なくなっている。その分クラスの連中からも『心配』という名のしつこい纏わりが来るのだからもうそれは加速度的に増えていくわな。
「あぁもうムカつく!!」
「ってぇ......。どうした、今日はやけに力入ってんだな。芸能界で苦戦中って感じか。」
「ええそうよ!!あのセクハラ親父さりげなく体触ってんじゃないわよ!ぶっ殺すわよ!!しかも舐め回すように視姦してくるし、股間に手添えてんじゃないわよ!!本当に、あぁ!!」
なるほど、それはガチのマジに気持ち悪いな。それはストレス溜まるわけだわ。それに確かこいつが今やってるのってかなり期待がかかったドラマだったよな。しかもこいつが初めてメインの。なるほど、それは失敗できないわけだ。
「だからってそのストレスを俺にぶつけるのはやめて欲しいところだな。」
その言葉に急に後ろ蹴りが止まる。何かと後ろを振り返りたくても生憎体の自由は奪われている。
「じゃあ......すればいいのよ。」
「なんて?」
「......じゃあ私は、このやり場のない思いをどうすればいいのよ。」
「そんなん知った「親だって!私の活躍をすごく喜んでる、学校に本音を打ち明ける人だっていない、芸能界はライバルしかいない、マネージャーはあんなの。......私はいつもみんなに囲まれてる独りぼっち。」
今を時めく現役JKアイドルでも抱える闇は深いんだな。悩みのない人間なんていないとは思うけれど、俺もそのうちの一人だし。俺も決して自分を幸せ者だとは思わないが、こいつとどちらが不幸か、なんて馬鹿な話をするつもりはない。