英雄と槃特の境界線 10
「確か先日、事件が解決したら姉と時間を取っていただけるとお話いただいたかと思うのですが。」
「......ごめん、向こうも当然だけど結構怒ってて。」
風紀委員の活動がお昼の巡回で、その時に桜介君から話を掛けられた。勿論俺に話しかけてくる理由に直ぐに理由は分かった。それについても桜介君に謝罪を入れないと思ってたので、放課後時間をもらうことにした。俺としては近くのファミレスかどっかで軽く何か食べながらと思っていたのだが、桜介君が来てほしいところがあるからとついて行ったら、普通に自宅に案内された。しかも今日はお母さままでいらっしゃるし。別に向こうは怒っている感じはなく、寧ろ久しぶりに会えて嬉しいと感じるくらいに見えた。もしかしたら俺の勘違いかもしれないが。
「あれ、怒ってる感じなんですか?家では寧ろ前の狐神先輩に戻って嬉しそうな感じですけれども。ねぇ母さん。」
「そうね。やけ食いもなくなったし、また学校に行く前に鏡で身なりを整える時間も増えたように感じるけれど。何かいいことがあったのかなとは思ってるわ。」
明らかに俺の方を見てそう笑っていた。俺としては愛想笑いを返す他なかった。
「でも大丈夫なの?ご自宅で水仙の許可なしにこんなこと話して。」
「姉さんに知られなければ問題ないです。今日は部活で遅くまで帰ってこないとも話してましたし。それに姉さんのせいで私や母さんが迷惑してるので自業自得です。」
その言葉に何か胸がちくっとした。その迷惑も元を辿れば俺のせいになる。今はもう解決したとはいえ、この人たちにまで間接的に迷惑がいってしまうのは本当に良くない。せめて俺ができることがあるとするならば。
「......あの、少しだけ、私の話を聞いてもらっていいですか。桜介君にも、お母さまにも、俺が水仙に迷惑かけてしまった経緯をお話ししなければと。」
鶴などの名前は伏せて、ただそれでも極力話せること話した。桜介君もお母さまについても勿論信じているし、水仙をあそこまで育てた家庭の人間が俺のこの話をネタにするとかは思わなかった。2人とも黙々と話を聞いてくれた。俺もその態度に滑らかに言葉が出てきた。
「......そう、確かにあくまで建物が倒壊した、というのは小さなニュースにも見たけれど、中ではそんなことが起こっていたのね。まるで現実離れしているような話だけれど、それを疑うつもりは全くないわ。辛かったわね。」
「まぁ結果としてその子が今は自由に暮らせていると思うので、俺の勝ちってことで自分の中に留めています。」
......それで、なんで桜介君はそんな泣きそうな顔してるの?
「いえ、すみません......あまりに狐神先輩が背負うものが大きかったので、改めてそれを背負って対峙したと聞いて......なにか、胸にこみ上げるものがありました。」
何やら湿っぽい空気になってしまったが、これで少しは迷惑をかけてしまった償いができたのだろうか。時計を見ると思いのほか話しこんでしまったのか、だいぶ遅くなってしまった。水仙が帰ってくるまでにはここを去らなければ。
「そうしましたら近くまで送っていきます。」
「大丈夫だよ、俺は女子でもあるまいし。それよりも話し合いの場を設けてくれてありがとね。多分こうしてもらわなかったら、ずっと話できなかったと思う。じゃ『ピンポーン』......おっと?」
インターフォンは下のフロントではなく玄関で鳴ったらしく、この扉一枚挟んだ向こうには水仙がいた。家にいた3人の行動は素早く、お母さまが素早くインターフォンに出て、俺は靴を持ち桜介君の部屋に案内された。そして暗いクローゼットに入るとそこで息を止めた。前に見たホラー映画を彷彿とさせる内容だった。
「姉さん、今日もっと遅くなるんじゃなかったっけ?」
桜介君の若干遠い声が聞こえる。
「なんでそんな汗かいてるの?......別に、ちょっとモチベーションが出なかったから、今日はもう無理かなと思ってきたの。あ、そうだ、今日寒いから桜介の上着貸して。」
最適化問題か。桜介君の部屋に入り俺のいるクローゼットに手を掛ける。俺は自分の服をクローゼットに噛ませて簡単には開けないようにした。
「ちょっと姉さん!!勝手に部屋に入らないでよ!!仮にも年頃なんだからさ!」
「いや、そんなの気にする性格じゃないでしょ......なんか変じゃない?クローゼットに何か隠してるの?ちょっと気になるわね。」
サイクロイド曲線か。最速最短で来るならクローゼットが空かない時点で諦めていたが、そこに桜介君の隠し事という関数が代入されると、それは結果として俺への最短距離となってしまう。開かないよう必死に留めている俺の防衛線なんて簡単に突破されそうになる。すかさず桜介君が止めに入るが、流石は水仙、桜介君を難なく片手で払い除ける。化け物め。
そしてついにクローゼットは開け放たれた。