英雄と槃特の境界線 2
しかし俺の暴走の件をなかったことにできる抜本的施策なんてものは思い浮かばず、とりあえず遠井先生の学活を聞いていた。やはりこの時期に話すこととして、受験のことが主になった。昔の遠井先生のイメージであれば「自分の進路くらい自分で決めなさい」「もうあなたたちは子どもではない」なんて冷たい言葉が飛んできそうだったが、実際には少し冷たさも残ってはいるが、生徒に寄り添おうとする気持ちが見えた話だった。しかし実際どうしたものか、来年度からは授業も文系理系分かれる時間が多くなる。また推薦・就職組のクラスもできるとかなんとか。とりあえず俺はどちらか言えば理系な気がするので、漠然だがこのままだと理系に進む可能性が高いんだろうな。......そういえば、受験の時には周りのことなどどうでもよくなる時期がある。俺もそれは高校受験の時にそうだった。クラスの誰が受験に落ちたとか、あいつが進路変えたとか、そんなものはどうでもよかった。俺の勝ち負け以外どうでもよかったくらいに。もしかしたら俺のことなどもはや意にも介していない人間が思いのほか多くいるのではないかと考えてみたり。
受験に対してのありがたい御高説を賜ったところで本日の授業はお開きとなった。
たいていの生徒は部活とか委員会とかで学校に残り、残りはバイトや塾などに行くのだろう。そして3年の共通テストまでは残り10日ほど。国公立は勿論、私大でも共通テスト利用の受験も多く、そこが最初の難所となる人は多くいるだろう。うちの学校は進学校ということもあり、基本的に4年生大学を目指す生徒ばかり。......どうしても1年後の俺の姿が想像できなかった。
「えいやっ」
後ろから誰かに目隠しをされた。多分マフラーだろうか、地味に糸の素材が痛い。ウールのマフラーだろうか。
「なんですか、皆さん受験モードで暇とかですか?」
「そ~。受験も先月終わったし、生徒会ももう辞めたしなんか急に空っぽになっちゃった感じでね~。暇だから遊ぼうよ~。」
それ今言ったら普通に殺されるぞ。確かに推薦は日々頑張ってきたから、受験期に頑張る一般組と頑張る時期だけ違うという意見には同意だが、感情論ではそうはいかないだろ。それにこの人はそれなりの生徒に喧嘩売ってきたんだし。
「狐神君は将来文系と理系どっちにいくの~?」
「どちらか言えば理系かと。」
「おお~、科学者。かっこいいね。」
なんで俺は今この先輩とこんなどうでもいい会話をしているのか。
「狐神君は自分の将来のことを想像することが他の人よりも苦手そうだからね、先輩から素晴らしいメッセージをあげよ~。」
「校長と担任から既に色々言葉聞いてるので期待してますよ。」
「為せば成る!」
「こんな人が推薦とか......」
大学の推薦が一体何を見ているのかなんて正直わからなかったが、その審査員はあんまりにも見る目がないんじゃないかとも思った。
「それにしてもいいの~?こんなところで私と駄弁ってて?」
「橄欖橋先輩が先輩という立場を悪用して、後輩である俺を断れないことを知った上でダルがらみしてきたんでしょう。」
とはいえ鈍感な俺でも分かる。俺の現在の立ち位置はまた最底辺にまで落ちた。そこで心が折れてしまった後輩を先輩なりに気遣っているのだろう。仮にも半年以上同じ場所で働いていた仲だ。その気持ちは素直に嬉しいところではあるが。
「はいはい、俺は先輩みたく暇じゃないのでそろそろお暇させていただきますね。」
「......大丈夫そ?」
あくまで優しく寄り添うように、過度な心配はせずそう目の前の先輩は訊いてきた。俺はあまり迷うことなく頷くと、校門に向かっていた足を180度向きを変えて歩き出した。
「まさか君が後輩に気遣いができるようになってたなんてね。」
「それを言うならあなたの方がでしょ~。遠井先生に随分と厚くお願いしてたって聞いたけど?」
「そりゃあお気に入りの後輩ですから。」
「......私も。」
あまり接点を持たない橄欖橋と大鵠だったが、共通項はやはり狐神だった。鶴の家の事情はあの場にいた人間とごく一部しか知らない。だから彼らが力を合わせ恊うことはできずとも、歩む行き先を変えることくらいならできる。
鶴の家の事情を言うつもりは毛頭なかった。言ったところで、じゃあ俺の立ち位置が戻るかと言われれば完全に戻ることなんてないだろうし、それに俺の暴走の中で確かにクラスに未だ思うこともあったのも事実。それにみんなに好かれようなんて思ってもいないから、なんなら事情を知ってるリーダーたちだけでもそれだけで十分だった。まぁ八島とか代永とかは難しそうだが。とはいえこのまま家に戻ってもまた明日が辛くなるだけ。それであれば今日何かを変えなければ。
目先のこととして、やはり委員会、部活などのどれかに所属しようと思った。流石に特例で所属してなくても大丈夫と言われてはいるが、いつまでもそれに甘えているわけにもいかない。まずはそこからあたってみるか。
委員会や部活は既に俺らの代がほとんど部長・副部長に所属しており、俺が今から入部することができるか聞いてみた。ある意味予想通りだったが、明確に断る人やそれとなく断る人が大半を占めた。勿論俺のことを嫌う人間も一定数いたが、それ以上に不気味な存在として認知させられていた。やはりあの生徒会みたいな温情に満ちた団体はそうないものか。にしてもこうして部活や委員会を探し回るのは、1年生の生徒会に入る前を思い出して懐かしい感じだな。あの時は何を考えてたっけ。
「……なければ作ればいい?」




