取り戻したもの、失ったもの 13
どうやらその1年生の女の人が今の春風さんの一応彼女らしい。さりげなく別れ話に持ち込もうとするけれども、やっぱり一緒に寝たということだけで全てを捻じ伏せられるらしい。てっきりこころの件でその辺全部改心してくれたと思っていたが、やはり人間性根はそう変わらないらしい。謹んでお苦しみ願い申し上げます。
まぁそんなものを折角の大晦日にこれ以上聞きたくもなかったので、俺と鶴は時間もおいおいに去ることにした。
「狐神君。」
「なんですか、もしかしてまだ続編あるんですか?欧米のサメ映画ですか?」
「一度失った信頼にはまだ希望がかろうじてある。『今回だけは』『二度目はない』『これっきりだから』けれど二回目には希望なんてものはほぼない。君がどんなに頑張っても、もう戻らないものはある。」
そうだな、俺自身なんとなくそう言われて心当たりがある人物は何人もいる。何とか冤罪から勝ち取った僅かな信頼も、今回の件で全て無に還った人もいる。
「そしてそれは鶴ちゃん。君のせいだ。」
「......はい。」
「ちょっと春風さん。「事実は事実。そこは曖昧にしても変わらないし、はぐらかして傷を誤魔化すのはだめだ。......起こったことはもう変えようがない。鶴ちゃんはその傷を背負いながら、でも前を向いて生きること。いいね?」」
春風さんの言葉に、静かだか確かな意思をもって頷いていた。
「そして狐神君。さっきも言ったけれども無理だと思った人間とは付き合わなくていい。無理にこっちが頑張っても得られるものなんてないし、向こうはそれを当然のものとして受け取るようになる。自分がいて心地よい人だけと一緒にいればいいよ。」
「そうですね、じゃあ春風さんとは今後会わないかもしれないです。」
「狐神君さぁ......」
「分かってますよ、冗談です。今日はありがとうございました。久しぶりにゆっくりお話ができて嬉しかったです。」
狐神と鶴が席を立ちその場を後にした。一人になった春風はまだ半分くらい残っているコーヒーを少しずつ口に染み込ませていく。後輩を悪く言うなんて慣れてないことをしたせいで、喉が干乾びている気がした。
「そんなに混ざりたかったのなら入ってくればよかったじゃない。」
「必要な言葉はお前が最後に言ってくれたからな。にしても俺の目も濁ったものだな。」
瀬田が体育祭に見た狐神の姿は、過去の笧から解放され、高校生活を楽しんでいるように見えていた。いや、実際楽しんでいた気持ちもあったのかもしれない。でもそれは鶴を助けようとする気持ちに比べてどれほど小さかったのだろうか。
「お互い歳は取りたくないものだね。でももう僕たちの出番はないんじゃないかな。狐神君だってもう後輩だっている。いつまでも僕たちが先輩面しなくても、もう一人で十分に歩くことができてる。必要な時に手を伸ばしてあげる存在がいるだけで十分じゃないかな。」
「お前はまず自分の問題の処理しろよ。」
「......言われなくても分かってるよ。腹立つ......」
この日だけは夜も人が非常に多くいるため、買い物を済ませると家に帰った。一応周りに誰かいないか見ていたが特には誰もいなかった気がする。
『ピンポーン』
「嘘でしょ?」
恐る恐るインターホンを覗くと良く見知った顔がそこにあった。特に拒む理由もないから一応鶴に了解を得て扉を開けた。大晦日だというのに今日は人とよく会う。
「どしたの。こんな大所帯で。」
「事態も落ち着いたし、今どうしているのかも知りたかったのよ。もしよかったら上がってもいいかしら?」
とりあえずリビングにノアと禦王殘、姫、の戌亥と貓俣の5人を通した。別に固い話をするつもりはあまりないらしく、高校生によくある友達の家に集まって年を越すくらいの感覚だった。てっきり禦王殘もノアも家のことでこの時期は多忙を極めていると思ったが、ノアはクルト、禦王殘は一藤に仕事を全部投げたとのことだった。投げられた人たちはきっと今頃地獄を見てんだろうな。
春風さんにも伝えたが、別段鶴と一緒にいて困っていることはない。
「......ちょっと相談したいことが。」
鶴さん?
今までそんな素振り見せてこなかったが、女子だけ別室に行って鶴の相談が何やら始まったらしい。あれか、同性には言いづらいことでもあったのだろうか。勿論大きな声で話しているわけではないから、向こうの声は聞こえないが少し気になるところではあるな。
「やっぱり至らぬ点があったのかな......」
「あんま気にすんな。多分お前が悪いとかそういうのじゃねぇだろ。姫なんてこっちが下手に出たらいつまでも調子に乗るぞ。」
「いのりもあれくらい乙女なところあったらよかったんだけどな......みんなの視線がなかったらただのおっさんと変わりない。」
あー、そっか。この2人はもう既に恋人がいるわけだからそういった異性のあれこれとかなら絶好の相談相手かもしれないな。向こうも話し込んでいるみたいだし、こっちもボーイズトークを決め込むとするか。
「二人は一緒の部屋とかにいて緊張とかする?」
「「しない。」」
まぁ多分俺もそれはあんまりないかな。料理とか作ってても「かっこいいとこ見せてやるぞ」とかそういった感情は特に湧いてこないし。
「相方がお風呂に入っています。その際にシャワーの音やお風呂から出た音など気になりますか?」
「気にならないな。」
「もうすぐ空くな、とは思う。」
これも意見は一致するな。何かの作業をしてたりすると「そろそろキリのいいところで仕上げるか」みたいに思ったりするし。でもなんとなく風呂場の近くを通ることに罪悪感は覚えるのは俺だけらしい。
「相手が一緒に寝てほしそうにこっちを見ている。さて、あなたな「ちょちょちょっと待て。」」




