取り戻したもの、失ったもの 6
「というわけで、これから一緒に暮らしていくけれども、やっぱりいくつかルールを決めようと思います。」
「ルール?」
なんかこの会話自体、もう同棲したてのカップルみたいな感じがしなくもないけど一回そこは無視しよう。いつまで経っても話が進まない。
「はい、ネットの意見を参考に話し合う必要があると思ったものをピックアップしました。」
パワーポイントで作成したスライドをプロジェクターにして壁に映す。
『家事を一方に任せっぱなしにする』
「......家事は私がするよ?」
「はい、今ので破局へ一歩前進しました。最初はそれでよかったものの、ろくに話合いをしなかった結果、徐々にその鬱憤は溜まりやがて『もう我慢できない』と破滅を迎えるのです。また『どちらか手が空いている方がやる』といった回答も結局なんだかんだ言い訳をし始め破局へ向かう意見がありました。そんなわけでまず確実に役割分担をする。そしてどうしても片方が手が回らない場合にはフォローするのがいいと思いますが、いかがでしょう。」
「......異議なし。」
その結果、風呂洗い、買い出し、料理は俺担当。洗濯・取り込みと収納、掃除は鶴担当となった。とはいえ役割を決めて曖昧なものは排除したが、別に洗濯、掃除を全く手伝わないつもりはない。時間のある際は積極的に手伝おうとは思う。
『お互いの自由な時間が無くなる』
「勿論鶴には空いている部屋を全然使ってもらって構わない。そこで自由にしてもらって構わない。」
「......じゃあ問題ないんじゃないかな?」
「俺自身は正直これは気にならない。既に自由を謳歌してるからな。ただ、鶴は居候の身。俺の考えすぎならそれでいいが『家に住まわせてもらってるのに、何もしなくていいのかな』と思い込まないとも限らない。だから先に言っておくけど、『お互い自由な時間は必ず設ける』これでよろしく。」
『必要な連絡は素早くする』
「例えば夕食がいらなくなった時、友達を家に招きたくなった時などがこれに当たる。夕食は絶対に家で食べる、友達は絶対に家に招かないといった方法もあるけれど、こうなると束縛がかなりきつくなるためできればしたくない。束縛は緩めたつもりが逆に締めていたなんてこともあるくらいに面倒くさいものだからな。」
多分今のことを五十嵐になんて言ったらドンパチ始まりそうだな。五十嵐の束縛はえぐいきつそうな気がする。絶対に五十嵐とは付き合いたくないな。そんな未来は来ないだろうが。
そしてこれに関しては特に意見もなく承認された。
その後も『喧嘩した時の対処法』『お互いのスケジュールの確認』『生活費の支払いについて』『親しき中にも礼儀あり』などなど話し合った。これらも特に大きな問題なく話合うことができた。
そして迫る最終議題。個人的にはこれが一番話すことに抵抗がある。しかし避けてはもしもの時に困るのも事実。
次のスライドは真っ白なページだった。それに対して鶴もやはり頭に『?』が浮かんでいるようだった。
「最後の議題について......鶴、俺の性別は?」
「......男の子。」
「はい。で、鶴は?」
「......女の子。」
「はい、勿論俺と鶴は出会ったばっかというわけではないから、その為人についてはよく知っていると思います。ですがどうしてもこう距離の近い場所にいるとなると、今まで通りではなくなることも十分に考えられます。」
というか今この瞬間ですら俺の方は今まで通りじゃないしな。それは緊張だってするよ。こんな女性と他に誰もいない家での生活なんて。
「……友達以上の関係を望むかもしれないってこと?」
「そうだね。まだ友達以上として恋人、とかならいいんだけど、俺が鶴のことを脅迫して体のいい道具として使ったり、淫らなことを強要する可能性も0じゃない。」
鶴をあの場所から助け出したのに、ここで俺が鶴をまた不幸にすることは望まない。けれど俺のこの気持ちだって変わらないという確証は無い。確率論に0はない。標本空間は無限、実確率変数は更に期待値と分散によってカオス領域に入っていく。蝶の羽ばたき。それがいつまでもラプラスの悪魔が実現しない理由だ。初期値X0とFどおりに動けばこの世界ももっと分かりやすいものになっただろう。
「こればっかりはルールが役立たないと思う。だってそれがいけないことなんて分かりきっているから。だから必要なのはそうなってしまった時の対処法。」
そういって鞄からいくつかのものを鶴に渡す。
「......催涙スプレー、護身用警棒、防犯ブザー、手錠。」
これくらいあれば鶴も満足してくれるだろうか。もしまだ足りないのであれば「......いらない」
「......武器なんぞ使うまでもねぇってこと?」
「......居候させてあげる側の人間が気を遣いすぎるのは違うと思う。私は狐神君のこと信じてるし、もしそうなっちゃってもこんなもの使うつもりないよ?」
「拳一つで叩き潰すってこと?」
「......もういい。」