鶴の仇返し 12
「さて、ある程度の時間になったらお帰り願うとするかな。どうせ狐神君ももう、心はボロボロに......おや?」
窓から見えた景色が余程面白かったのか、声にならない笑い声を上げていた。その様子に興味を持った鶴も窓からその様子を覗いてみた。彼はとっくに自分のことを諦めていたように見えたが。
「絶対にあのジジイぶっ殺す!死因は急性心不全にしておく!」
「今急性心不全は使えないらしいぞ。心停止した原因を書かなきゃいけないらしい。」
「原因なんて俺らを怒らせたこと以外あるか!?」
「確かに、違いないな!」
「「うおぉぉぉ!!」」と2人には到底似合わないような熱気を放ち、この離れに向かって走ってきていた。あれほど絶望していた狐神の表情も、若干心配になるくらい血走っていた。そしてそれはきっと隣に走る人間に触発されたものだろう。
「いやー、美しい友情だね。」
あれだけ酷いことをして、心まで壊してしまったのにも関わらず、こうして私のところへ向かってきてくれたことが堪らなく嬉しかった。自分がどんなにひどい悪女なのかは十分に自覚している。一番最初に海で狐神君に接触した時に言った『個人的な理由』だって最初からあなたを利用することしか考えてなかった。
幼い頃、普通の女の子みたいにお姫様になりたかったこともあった。『将来の夢はなにかな?』から『いつまで夢見てんの。』へ変わったのはいつからだっただろうか。私は多分他の人よりもそれが早かったと思う。だから、この歪曲した世界から助けを求めることなんて小学生の頃に諦めた。けれど、思い上がりが過ぎているけれど、こうして王子様が助けに来てくれたことが、幼い頃お母さんとお父さんと一緒に見た童話みたいに、本物のお姫様になれたみたいだった。籠の中の鳥は雲に恋する。
「......っ......うぅ......」
厚かましいことは百も承知です。罰ならいくらでも受けます。これからずっと償って生きます。だからどうか……
『……私は、おじい様の元で生きていきたいです。』
お父さんが祖父に殺された際にそう言わされた願い。この願いがどうか、絶対に叶いませんように。
「「おらぁ!!」」
なんか入口に数人のガードマン的な人が立っていたのでとりあえずぶっ飛ばした。人相も悪かったし、どうせあの人の雇った人間だろう。もし違ってたら後で謝ろう。しかしとりあえず目的地には着いた。建物内の内側を伝っていくように螺旋階段がずっと続き、そして一番上には少し広めの部屋がある。きっとあそこから俺たちがここまで走ってくることも見えていただろう。
「......中に入るけど、正直あまり気分のいいものじゃない。今更だとは思うけど少し覚悟しておいてくれ。」
「本当に今更だ。止まる気はない。」
扉には鍵が掛かっていたが結構年数が経っていたため、2人で蹴とばすと錠は壊れて扉が開いた。中は薄暗くいまいち何があるのかわからない。少し手伝いに歩くと、照明のスイッチを押す。そしてボヤーっという効果音が出そうな感じで少しずつ明かりが灯っていった。
「これは......鶴の写真か?」
「......そう、鶴の成長過程、アルバムみたいなものだな。」
螺旋階段に沿うように額縁に飾られた鶴の写真があった。一番下あたりはまだ鶴が生まれて直ぐに撮ったものだろう。そこには鶴の母親らしき人と、僅かにだが面影を感じさせるあの父親の顔があった。
そして階段を登っていく。幼稚園の入園式、お泊り、運動会、様々なものが写っていた。その表情は今のようなクールさというかはなく、元気にはしゃいでいる子どものような印象を受けた。
「小学校か......」
兜狩が言うように、小学生に入ってから一気にその表情は、よく言えば大人びたものに、素直に言えばある種達観したように見えた。きっとこのくらいから両親の育児ではなく、十一さんの支配下に置かれたのだろう。笑った表情のものは一切なく、七五三などのようなどこかのスタジオで撮ったような写真も増えてきた。......そして。
「.....は?なんだ、これ。」
「言ったろ、成長過程を撮ったものだって。あんまり見てあげるなよ。」
「分かってる……。」
額の右下には西暦と年号とその日付、そして年齢、身長、体重、スリーサイズ、月経の有無・周期、身体的変化が記載しており、当時の鶴の一糸纏わぬ姿で写真が飾られていた。そしてそれは段を登っていくごとに、徐々に大人の体になっていった。そしてそれは一年ごと、高校2年生に上がるまで続いていた。こんなもの、男の俺ですら逆の立場でも恐怖を覚える。何をどう考えても異常としか言葉が見つからない。
水仙が淀川の痴漢にあった時、鶴に女性の立場から話を聞いたことがあった。今にして思えばあまりに具体的、と言うよりも現実味を帯びた話だった。俺はなんて酷なことを訊いてしまったのだろう。
「鶴を救出したら、ここ燃やすぞ。」
「それがいいね。」
そして長い螺旋階段の果てにようやくたどり着いた。高さで言えばビルの10階くらいはありそうだった。そしてその最上部の部屋の扉を勢いよくぶち破る。しかし俺たちの覇気は一瞬で完全に消された。
視界に映ったのは言葉にできないような美しさを放つ、白雪のような真っ白な髪に、赤紅葉を散らしたようにも透き通る色をした瞳、そして純白よりも輝く生地に、首や裄丈に準えて入れられている黒のレースは、佳人薄命を想起させられるような、言葉が見つからなくなるくらいに美しい姿だった。しかしその口は雑にガムテープで閉ざされ、俺ではなく、兜狩の右後ろあたりに視線を訴えている。
視界に映らなかったのは、ここで俺らが討つべき敵の姿。
「くそっ「よいしょ!!」」
兜狩をかばった瞬間、頭に重く鈍い振動が響く。多分鋭利なものや金属といった硬いものではないと思う。恐らく前に水仙が淀川さんから受けた杵のような木材かなにか。




