鶴の仇返し
どうしてクリスマスにこんなことをしているのだろうか。店長は今晩まできっと死に物狂いで働いてんだろうな。深月もケーキ作りに勤しんでいるのだろうか。安西は確か休みと言っていた。峰澤はどうなんだろう。京と水仙は上手く働けているのだろうか。あの2人のことだ。きっとナンパとかもたくさんされてそうだな。でもきっと、俺なんかいなくても誰かが守ってくれるはずだ。俺なんかいなくたって、きっと相応しい王子様が助けに来てくれるさ。
「明石も折角のクリスマスなのに、こんな湿っぽい場所に何の用事だ?」
「......友達が苦しんでいるのに、何を祝えというのか。」
今日は乱入する人が多くて困るな。この後鶴と会う予定があるからそこそこに退散したい気持ちがあるんだけどな。それ以前にそもそも明石には勝てる気がしないな。肩のことは勿論、明石と相まみえるのはまだ先だと思っていた。全く準備も何もしていない。周りに誰もいない状況はもったいないが、ここは一時撤退するとするか。当初の目的である山田の心には十分ダメージを与えられただろうし。
山田を一瞥すると警戒はしているが俺に対する恐怖心も十分に見られた。一発ぶちかませれば理想ではあったが、妥協点としておくか。そもそも俺がリーダーたちにできたことは一泡吹かせる程度。本気で勝てるなんて思っていない。
「......ここは一時撤退するとする。正直残りの禦王殘、ノア、明石、伽藍堂、戌亥、貓俣には十分な準備しても勝てる気は全くしないからな。勝てない勝負をするほど馬鹿じゃない。」
「それは助かる!俺も仲間同士で喧嘩なんてしたくないからな!!」
旧校舎を出ると思い出したように肩が痛む。ここで悲鳴を上げては流石に誰かの目につく。必死にその痛みを押し殺しながら、ノアにメッセージを送った。
「......気になる?狐神君?」
「うん.....え!?あ!ううん!!全然大丈夫だよ!!......私はそれだけのことをしちゃったわけだし、寧ろ『もう関わらないでくれ』ってだけならね。」
「......私は、気になる......」
本日臨時で入ったバイト。予定だったら今夜このお店でお疲れ様パーティーみたいな感じで、みんなで盛り上がっていただろうなと、つい思ってしまう。きっと彼のいないパーティーもそれなりに盛り上がるだろう。でも、きっとそれだけ。
「ごめんね、私がこんな顔してちゃケーキも売れなくなっちゃうよね。よし!頑張って完売目指して頑張ろうね!!」
「......うん。」
京も今のままではお店にも迷惑が掛かってしまうことは分かっていた。元々自分は売り子なんかに全く向いていない。それでもお願いされてそれを引き受けた以上、頑張らなくては。
お店の前に十数個のケーキと会計用のレジを置く。ケーキは外にたくさん置いておくと、もし長時間売れなかった時に状態が悪くなってしまう。だから机の上に置いてあるケーキが少なくなってきたら、中から持ってくる算段だった。素人に近いとはいえ、2人いれば十分に対応することはできるだろう。
「寒い......」
店長からはお手頃価格で買えるコスプレのような、肌の露出が多いサンタ服などではなく、割とふっくらとした、ちゃんとしたサンタ服を貸してもらったが、それでもなお今日の夜は寒かった。昨日に続き、また雪が降ってきてもおかしくなさそうなほど。
「じゃあちょっと恥ずかしいけど......クリスマスにケーキはいかがですかー!?クリスマスの今日限定で、とっても可愛いデコレーションもありますよー!!」
「い.....いらっしゃいませー......」
もともとこのお店は美味しいことで定評がある。それにやはりクリスマスをこういったお店で過ごす人も多く、またそれを考えて町中を歩いている人も多くいる。そこにこんな呼びかけがいれば十数個のケーキで回せるはずがない。開かれた地獄門。
「ちょっと、店長!?店の前どうなってんですか!?注文数も10分経たないで3桁いってるんですけど!?」
「蜘蛛の糸を彷彿とさせるね!!とりあえず今は全力でケーキを作って!!」
勿論バイト先には他にもケーキを作れる人は何人かいる。それらの人を総動員させても到底間に合わない状況だった。レジの一万円札の束は何度も回収に入り、足りない小銭は棒金を何個も持ってくるほど。携帯による支払いも既にその機械がカイロのように温かくなってきた。
「ひぃ!!ひぃ!!」
意識を保つだけでなく、会計業務をこなしていた京はその日大きく成長できたと思う。その心はきっとここで倒れでもしたら、間違いなく水仙もだめになることを恐れてだった。
「はい!!ただいま50分待ちとなっておりますが……拝んでおきたい?はぁ......ホール5つ!?と、とりあえず承りました!!そちらに並んでお待ちいただけますでしょうか?」
掃いても掃いてもその数は全く減る兆しを見せず、なんならSNSで加速度的に拡散されてる。
『めっちゃ可愛い子が売り子してるケーキ屋さんがある!!』
『しかもそういうの一切なしにマジでうまい!!』
『あ、知ってる!!なんか噂ではめちゃくちゃうまいパティシエの人がいるらしいよ!!』
『にしても可愛いけどどうせならもっと太ももとか胸とか出してほしいな。可愛いけど。』
『素人は黙ってろ。服は着こめば着込むほど妄想が捗るんだよ。例えばあの厚着の下にラインが見えるような縦ニットとか想像してみろよ。それだけでもギャップで死ねるが、あれだけ動き回ってきっと外套とニットの間にはムワッとした芳醇ないい匂いかつ若干の汗臭さががたまってるだろ。俺はそこに住民票を出してきた。班田収授ではなく墾田永年。』
『地縛霊になる気満々やん。』
『死ねカス共。』