VS集いし強者 19
全速力で走り、病院に駆け付けたのは既に20分以上経ってからだった。その間何回も病院には電話をしたが、なぜかうまく繋がらなかった。これも先ほどの狐神と高梨による仕業なら、最早一種の電波ジャックのようなものだ。
病院につき息つく間もなく千幸のいる階へまた駆けだした。エレベーターが呑気に上の階からゆっくりと降りて生きてはいたが、そんなもの待ってはいられなかった。普段なら絶対に登れないような階数だったが、火事場の何とやらだったのだろうか。やっと病室に着いた。きっと自分の杞憂だと。狐神君の質の悪いいたずらだと、そう思い込んで。
「......嘘」
いつもその華奢な体には似合わないほどのチューブや点滴などをまるで体に巻き付けるようにしていたのに、それら一切がなかった。まるで何かから解放されたかのような、そんな風に見えた。でもそれが意味することなど。
「あれ?育実ちゃん、どうしたの?この時間は学校......はもう終わってるのかな。」
僕の異常な様子にいつも弟がお世話になっている看護師の人が心配してくれた。でも僕のことなどどうでもいい。頭が上手く回らないながらも聞かなければ。
「あの、千幸は......。なんでチューブとかないんですか?......もしかして、間に合わなかったのか?」
他の看護師さんとも顔を見合していた。でもそこに残念がる様子などはなく、単純な疑問を抱えている様子に見えた。
「えと、なんで育実ちゃんがここに来たのかはわからないけどね?千幸君につけてたテレメーターとかがちょっと調子悪かったのか、エラーが出ちゃったのよ。機械も古いものだしね。だから一回そこら辺のもの全部とっかえてるところなの。大丈夫、千幸君は今ぐっすり寝てるだけだよ。」
確かに千幸に近づくと規則的な呼吸が聞こえてきた。脈拍を取ってもそこに乱れなどはない。それだけ分かると一気に体から力が抜けた。
「ちょっと!?大丈夫!?」
「......」
私がその後に目を覚ましたのはその日の夜だった。千幸から「何してんの?」と心配される始末。少し冷静になれば、狐神君が学校の外の人間にまで害を出すことなんて考えられなかった。しかしあのアラーム音が私の冷静さを欠けさせた。......しかし逆に考えれば害を出さずとも弟に接触するくらいはするということか。......しばらく彼には近づかないようにしておこう。携帯には山田さんからメッセージが入っており「多分あんたの携帯も一時通信が使いにくかったと思う。すまん。」と残っていた。恐らく狐神君が最初に高梨君に指示したところに原因があるのだろう。まぁ、今はちょっと考え事はあまりしたくない。
「さっきのお前と高梨の電話。向こうが切ったというよりも、通信に失敗した感じだった。現状私の携帯も上手く使えない。周囲の電子機器を不調にさせるもんか。」
「鴛海をここからいなくさせるには、このくらいやらないとな。電話が繋がって弟さんは無事でしたって直ぐに知ったら意味はないだろ?」
「......無事とはいえ、あんな真似して許されるわけないよな。」
分かってるさ。俺がどっきり番組が嫌いな理由は、驚いた本人が本気で心配して、怒って、悲しんだかもしれないのに『テッテレ~笑笑!!』とかふざけたノリで、しかもそれを大衆にエンターテインメントとして晒すからだ。しかもそれに対して怒ったりなんかしたら「は?たかが冗談じゃん。なに本気になってんの?」とか言われる。そんなもの大っ嫌いだ。......奇遇なことに、俺も今の俺が死ぬほど嫌いだよ。
「後日しっかりと罰なら受けるさ。ただ今はお前をどう屈服させられるか考えてるだけだ。」
「......上等じゃねぇか。その左腕を言い訳になんかすんなよ。それならこっちは女だからな。」
流石に気付かないわけないよな。普段絶対女性扱いしたらぶっ飛ばされるのに、こんな時だけ女扱い......まぁそんなこと絶対に考えてないよな。一方的に有利で勝ってもなんら面白くないからとかそんな感じだろう。さて、ここからでも入れる保険がないものか。
山田はボクシングのように素早く左右に揺れると、回し踵蹴りの動作で左腕を狙ってきた。右手で捉えさえすればたやすく止めることができる。しかしその蹴りを打つ上体の姿勢は異様に低く、俺の左腕を狙うのに、その足が接地していることに違和感を覚えた。嫌な予感がする。そして山田が180度回転し背中をこちらに向けた瞬間、こっちから先制するために動いた。
「おせぇよ。」
山田の姿勢は未だ低く、見上げてくるその顔は女性には見えない、血気盛んな野生児のそれだった。
地面に這わせていた踵は俺の体の真ん中に位置すると、超速度で垂直に上昇し俺の顎を狙ってきた。油断していたつもりはなかったが、そのあまりの速さの踵蹴りに反応できず、まともにそれを喰らってしまう。舌を嚙まなかったのは幸いだったが、視界がちかちかする。
「倒れときゃよかったのにな。」
しかし俺がこれで倒れなかったことは想定内だったのだろう。追撃として勢いよく振り上げた山田の足はその勢いを殺すことなく、寧ろその勢いを利用して、右足で跳躍する。そしてまるでサッカーのボレーシュートのように、俺の痛んだ肩を捉えた。
「ちと痛むぞ!!」
バキッ、と音がした気がした。
「ああぁぁぁ!!」
肩がまた景気よく外れたような気がした。尋常じゃない痛みが俺を襲い、悲鳴を上げられずにはいられない。地面を文字通りのたうち回る。それでも痛みは全くひかない。ゲートコントロールも理論こそ理解しているが、まるで意味をなさない。不幸中の幸いはこれ以上追撃はしてこない様子だった。
「......弱点を狙ったことは悪いと思ってる。だがそうでもしないと、あたしはお前に勝てる気がしない。」
あくまで俺への視線は外さず、高梨に電話をしていた。「てめぇあとで覚えておけよ。殺しにいくから。」と聞こえた。そしてそれ以上は語らずに軽く携帯をいじっていた。きっと高梨が奪った権限を取り返したのだろう。
「保健の教師呼んでくるから、そのまま黙って蹲って......まだやんのか?お前。」
「......こんなところで寝そべってんじゃねぇよ。とっとと立てよ雑魚が。たかだか女一人相手になんてザマだよ。少し肩が痛む程度でガキみたく泣きじゃくりやがって。痛いのくらい我慢しろ。......そうだ、大したことないだろこのくらい。俺を見下すこの人間を早くつぶせ。」
先ほど打ち倒したはずの人間が立ち上がる姿に、山田の顔に冷や汗が伝った。明らかに先ほどまでの様子と違う。まるで本当に人が変わったかのように、目の前の人間が知り合いから恐怖の対象へと変わった。別に自分が弱くなったわけじゃない。相手が本当に変わったわけでもない。だが今また狐神と戦ったら考えなくても分かる。圧倒的敗北のイメージ。
「......こっちからも一発いくぞ。」
一切傷の痛みを感じさせることのない素早い動き、山田は何もできずに放たれた拳を顔面で受けるほかなかった。
バァン!と激しい音がした。山田は年相応の女子のようにその場に倒れた。しかしその頬には一切の傷はなく。
「......これ以上、自分を傷つけるな。」
「邪魔すんなよ、明石......」




