VS集いし強者 11
「......お爺様からの伝言。大丈夫そうかな?だって。」
「うん、大丈夫。少なくても鶴が連れ出してくれてほんとだいぶ楽になった。」
ノアが推察しているように、洗脳、という言い方は好ましくないが、鶴の指示に従って俺が動いているときはある。もっと分かりやすく言うとアドバイスをもらうみたいな感じ。そしてそこには鶴のお爺さんも絡んでいる。俺が夏に鶴の父親に襲われた際、俺は意識がなかったから直接お目通りしたことはなかったが、相手から直接謝罪をもらった時に接点を持った。鶴の意見ももらうが、お爺さんもその摺合せをしてくれている。......思うことはあるが、今はこの2人にお世話になっている形となる。
「お爺さん最近会えてないけど元気そう?」
「.....そうだね。年齢の割に元気だと思うよ。今日も山登るって話したらついて来たそうだったけど、学生の空気を壊すのも悪いって言ってたよ。」
若いな。まぁ具体的な年齢は分からないけど65とかはいってるのかな、そんな人を1200mの山に行くとなると俺らも気を遣うから、それを気にしてかな。でも年配の人でもたくさん動いていたり、新しいこと始めてる人ってほんと年の割に元気に見える。逆に年老いて見える人は年齢だからとかで諦めちゃう人が多いのだろうか。
「そういえば今日はなんでまた登山に?体動かすなら他にもありそうだけど。登山好きなの?」
本日の予定は鶴が決めていた。特に鶴が山登りを好きとは聞いたことがない。単純に人に話していないだけかもしれないが。
「......海でもよかったんだけど、この時期は寒いからね。」
「死ぬで。」
「......そうだよ?」
「?」
今の短い会話の意味が分からなかった。
俺が未だにその言葉の意味が分からないでいると、鶴は安全柵を乗り越えて、さらに進み、あと一歩で滑落するところに立った。今鶴を支えているのは老木一本。鶴が掴んでいる枝もいつ折れてもおかしくない。咄嗟のことで遅れてしまったが、俺も直ぐに近くまで駆け寄る。
「えちょ、何してんの!?早くこっち移動して!!」
「......ごめんね、私のせいで。私が狐神君の復讐心を焚きつけてこんなに傷つけたの。」
「いや、よく分かんないけど......とりあえずそこは危ないからこっち来て!!」
確かに正直頭に靄みたいなのが掛かってよく分かんないこともある。俺自身よく分からずに行動していることもあった。でも洗脳とかだとしても、俺の中にそうしたいと思った気持ちがあるからだ。
しかし鶴は相変わらず恐れを知らない顔でそこに立ち続けている。ぺきぺき、と枝から音がした気がした。
「......狐神君にね、友達ができる度に、置いてかれてる気がしたの。意味わからないよね、『私がみんなと離れることになったら見捨てて』なんていったくせに。『私はいい人じゃない』なんていって、結局一人になるのが怖かったんだ。だからまた狐神君が一人になるように、消えかかっていた復讐心を利用した。その対価は支払われるべきだと思うの。」
多分俺がここで近づけば、あの老木が耐えかねない可能性もある。それ以前に鶴が飛び降りる可能性だってある。当然無理にその手を掴んだとしても俺も一緒に落ちるだろう。説得するしかないか。
「......わかった。じゃあその代価は払ってもらう。でも俺をこれ以上苦しめたくないのであれば、俺の親友を俺の目の前で殺させないでくれ。もうこれ以上失うのは嫌なんだ。これからその代償をしっかり払っていくのを、傍で見ているから。」
この時期、山のだいぶ高いところにも関わらず汗が背中を伝うのを感じる。
「......わかっ」鶴がこちらに向けて歩き出そうとする一歩目で、ついにその老木が根本から折れた。当然そこに全体重を載せていた鶴も一緒に。まるでスローモーションのように、視界から鶴の姿が少しずつ消えていく。その顔はまるで救われたような顔にも一瞬見えた。しかしそんなもの気にしている間に目の前の女の子が死ぬ。それは嫌だ。最悪助けに行った俺と鶴二人が死ぬのは構わない。でも鶴だけが生き残る未来だけは回避しなくては。2人で生き残らなければ、俺の目標は達しえない。
何も考えなしに飛び込んだ。以前京都でも同じような事態になったが、あの時はまだ高さもここまでなく、また落下地点なども全く考えてない。それに今回は落下後が問題。どれほどこの崖を滑り落ちることになるのか全く分からない。
鶴の手を掴むと極力2人の重心を近づけるために強く抱きしめた。そして足を下に向け、勢いよく斜面を落ちていった。角度がまだ若干緩く、地面に常に接しているおかげで摩擦があり、少しではあったがその速度は落ちた。恐らく転がり始めたら最後、木々や岩に頭をぶつけ意識を失うかその場で即死。だから全力で足を下向きに、常に下の様子が見れるようにした。地面に木の葉があったことも幸いし、地面からの振動を軽減してくれた。その地面も土なのでそこまでの痛みもない。できればこのまま傾斜が徐々に緩くなって止まることを願うが.....。
「!くっそ!!」
下の方を見るともうそこには枯葉や土はなく、荒い岩肌とその先は下が一切見えない断崖絶壁だった。当然それまでに止まる速度ではない。今変に姿勢を変えたらそれこそ転がり落ちて制御が利かなくなる。しかし迷っている時間はない。
「鶴、俺にしっかりしがみついててくれ。」
鶴を抱き寄せていた手がフリーになると。頭上で音を立てて一緒に転がる俺のウエストポーチに目をやる。胸の部分でロックされていたのを解除し素早く回収。またロックする。そして限界まで緩めると俺の腕に決して外れないように固く縛る。そしてそれを少し先にあった幹の太い木目掛けて狙いを定める。奇跡が起きて上手くいっても脱臼などは免れないだろう。悪ければ2人そろって岩盤に叩きつけられた後奈落に落ちる。
「一か八かだ。」
投げたウエストポーチは頼りない放物線を描き木に向かっていった。けれどそれを確認する間もなくその横を猛スピードで滑っていった。次の瞬間。
ゴキッ。
「っああああ!!!」
腕に凄まじい締め付ける痛みが走ると同時に、肩が脱臼した感触があった。俺の腕を確認するまでもなく、先ほど引っかけた鞄が俺の腕を締めているのだろう。しかし一度止まりかけたが、ロック部分が2人分の体重を支えきることはできず、『パキッ』という音を立てて壊れた。けれどそこまでいけば速度はほとんど消され、その後はずるずると滑り岩肌へ足をつけた。あと十数メートルで奈落へ直滑降だった。
「とりあえず、下山、するか。」
「......う、うん。」
「あと、安全なところに着いたら説教だからな。」
「......はい。」




