VS集いし強者 10
姫を包丁で襲った。
目を覚ました時、怯える姫の顔が最初に脳裏に過った。姫は俺に何もしていないにのに傷つけた。冤罪に関係のない人には『絶対に』その危害がいってしまわないように、自戒していたというのに。自分が自分じゃなかった。
死のうと思った。
だが姫からメッセージでそういうことだけはしてはいけないと言われた。被害者にそう言われたのであれば、それに応えなくては更に姫に良くない思いをさせる。それはだめだ。いっそ大切な友達から『死ね』と言われた方が楽だったかもしれない。
炊きあがったお米の保温を切り、ご飯の支度を進める。おかずは冷蔵庫の中にあった作り置きの生姜焼き。美味しくはない。味覚がないのだから。食事はただのエネルギー補充、体を動かすための材料でしかない。でもなんでだろう、母さんと父さんと此方、みんながいるときには美味しく感じた。味なんてわかるはずもないのに。一丁前にありきたりの幸せなんかを感じた。
「もう、いいや。」
これ以上何かを考えることが嫌で、布団に籠った。せめて夢に逃げたいと願いながら。
翌朝、いっそ体調を崩してくれていればよかったのに俺の体は健康だった。しかしどうしても学校に行く気が起きず休みの連絡を入れた。事務員さんから「分かりました。担当の先生には伝えておきます」ともらった。きっと今頃学校は俺がいないと分かりお祭りだろうな。悪は去ったと宴を上げているだろう。今更俺は悪ではない、なんて言うつもりはない。
しかし一人の時間もなかなか暇なもので、つい良くない感情が浮き出てしまう。太陽と遊ぼうかとも思ったが、普通この時間学生は皆学校に行っている。誘ったところで「学校だわ」と言われるのがオチだろう。瀬田さんとかも大学で忙しいだろうし。
『ピロン』
「?」
メッセージが誰かから来た。テレビから視線を移し携帯を開いてみる。ここ最近俺をブロックする人が多いので、多分この通知はメッセージで俺に文句を言いたい人か、まだ俺のことを友達と思てくれている人だろう。さて、鬼が出るか蛇が出るか仏が出るか。
待ち合わせは少し離れた駅にした。理由は単純にこの時間に同じ学校の生徒に見られたくはない。それなら俺の家という選択肢もあったが、姫の時もそうだが、あんまり異性を一人の家に上げるべきでないと思った。制服で行けば誰かに何か言われる可能性があったので、行く場所的にも運動できる服を着ていった。
「すまん、待った?」
「......ううん、私も今来たところだよ。」
鶴からのメッセージは意外だった。学校でも極力会わないようにしていたから。学校の外ならいいという話だろうか。今来たところというが、既に周りの男から視線を感じる。早めに移動するとしよう。
「......狐神君が休んだって聞いて心配だったんだ。宿儺君と姫ちゃんからも少し聞いたよ。......大丈夫、なわけないよね。」
「別に鶴が心配しなくても大丈夫だよ。でも一人でいると少し思いこんじゃうから、こうして話してるだけでも助かる。......姫とは仲良かったし、禦王殘にもお世話になってるから、昨日のことはかなりきついかな。しばらくまともに寝れないだろうな。」
コメントしづらいことを言ってしまったと思った。話を聞いている側の鶴もやはり何を言おうか悩んでる様子だし。こういうところに配慮の無さを感じる。
「......今家に誰もいないんだよね?」
「そうですね。」
「......一緒に寝る?」
「寝ないよ?ていうか別の意味で寝れないよ?」
変に慰めとか正論を語るのではなく、具体的改善案を出すことは非常にいいことだと思うが、内容が全くけしからんことこの上ない。というか学校でもないのに周りからきっつい視線浴びせられるの嫌だな。鶴も別にわざと言っているわけじゃないとは思うけど。
「......じゃあ寝るまで一緒にいる?」
俺は夜泣きが心配されている赤子か何かか?確かに子どもをあやすにはお歌を歌うとか、抱いてあげるといったことが言われているが、高校二年生男子が高校二年生女子にあやしてもらうのはヤバいって。
「もし何かの間違いで鶴と寝ることになっても、俺は睡眠薬で速攻落ちるよ。」
鶴は今日俺が休んだことを知った後、廊下で会った禦王殘と姫に俺のことを聞かされたらしい。それでわざわざ俺が心配だからと学校を早退して、こうして気分転換に連れてきてくれたそうな。情けないと思いつつも、そうした友達を持てたことを誇らしく感じる。
そして電車にしばらく揺られて来たのは標高1,200m程の山。日中に登ればまだ耐えられるほどの寒さではある。夜になってしまうと流石にこの時期は怖いが。
「じゃあ行こっか。」
1人で山を登ることも楽しいとは思うが、2人で登ることも楽しかった。普段言いづらい愚痴なども運動していることもあってか、あっさりと出てきた。マイナスのことばかり言う人間はつまらないと言われることもあるけれど、どっかで吐き出さなくちゃやってられない。それに鶴とは今更そんなことを取り繕う関係でもない。溜まったものを晴らすには運動がいいというが、なかなかどうして的を得ていると感じた。




