忍び寄る影 7
「カスをカスと呼んで何が悪い。」
「じゃあそのカスに使われてる大鵠のさらにその下で尻尾振ってキャンキャン吠えてるお前らは一体なんだ?」
橋本と久世は勉強はあまりできないが体を動かすことにおいては喧嘩慣れのおかげで人並みよりずっと優れている。本来は相手を煽り、向こうが仕掛けに来たところを返り討ちにする予定だったが、先程の言葉で先に気の短い久世がキレた。『短気すぎだろ。』と思う橋本だったが別に構わなかった。1番先に手を出すのが自分でさえなければ。
体格のよい久世が出す拳を何とかその2年は防ぐもそのパワーに負けそのまま後方へ軽く飛ばされた。密集した人の中こんなことをすれば回りへの被害は確定。その2年と共に何人もの生徒が倒される。そして巻き添いを食らった一部生徒が怒りを露わにして「なっにするんだよ!!」とその2年を蹴飛ばす。
そこからはもう誰が何をしたかまではわからないほど一気に広がっていった。女子は逃げ惑い男子は殴り合う。その勢力はほとんど二分化しており、瀬田を推す2、3年と僅かな平穏を望む1年、それに対して大鵠の考えに賛同した者、その発言に乗らざるを得なかった大部分の1年。
この大鵠の提案というのは昨日のビデオの後1年にのみ送られたメッセージだった。
「瀬田さんが俺のことを悪いよう言ってるが別にそれをどう受け止めても構わない。信じたいほうを信じて。けど今回もし俺が負けても来年にはあの人はいなくなる。そしたら今度は俺があの席に着く。その際今回俺に票を入れなかった人を特にどうこうしようとは考えてないが、票を入れてくれた人にはまぁ多少の褒美は考えてる。何か俺の考えに意見があればいつでも連絡して。」
直接明言こそしていないが、票を入れなかったらどうなっても知らないとのこと。大鵠の脅威は特に同学年の者がよく知っているのでそれに逆らう者などほとんどいなかった。大鵠はこの時から当時の1年の中のトップとも言える存在。頭がいい事は勿論、喧嘩も相当に強い。自分よりも2回りくらい大きな相手でも簡単に沈めたこともあるらしい。そんな大鵠を尊敬する人も少なくなく、そいつらが積極的に喧嘩をする。そしてその喧嘩に混ざらなくては何をされるかわからない1年も加わる。
後に「学年全面戦争」といわれるこの喧嘩は、最終的に警察に威嚇射撃が必要なまで止まらなかった。たかだか学生の騒動に警察が関わるほどか、とも思ったがきっとそれほどなまでに会長の信頼と大鵠の支配は拮抗していたのだろう。
学校はこれを学外には決して漏らさないよう生徒に釘を刺し、今後入ってくる生徒にも伝えない事を約束させた。それを今俺たちが聞いてしまったが、「どうせいつか大鵠がお前らに言うだろう。」ということで構わないらしい。それを瀬田会長が決めていいのかはわからないが。
その後、騒動の事を先生に散々訊かれた挙句、瀬田に反省文、生徒会長の続行。そして大鵠に生徒会の辞退、停学2ヶ月、反省文の処分が言い渡された。そしてその処分が決まると、予想通りといえば予想通りに夏川と壬生も生徒会を辞退した。瀬田はとりあえずギリギリまで生徒会長として働き、次の候補者となる生徒を探すと式之宮先生にお願いした。けれど1年生はどこまで大鵠の息がかかっているかわからないので、きっと次入ってくる1年生に任せることになるだろう。1年やったらすぐに生徒会長なんて難しいだろうがこの学校には優秀な人が集まりやすい。もしかしたらその可能性だってある。
「そしたらまぁ優秀なのがこんなにも集まってくれたってわけだ。てなわけで次の生徒会長を頼むぞ。」
前に鶴と部活動を見て回ってる時にやけに2、3年が一緒の部活が少ないと思ったのはそういう訳か。そしてその引き金になったのが大鵠ってわけか。正直嫌な人だなとは思ったが、あまり実感がわかない。
「何となく大鵠がどんな奴ってのはわかりました。次の選挙でも会長の座に手ぇ上げるのも予想できます。そして俺らの妨害もすると思います。でもそもそも騒動起こした奴が立候補できるんすか?」
「一応この学校の一生徒だからな。よくあるじゃんか、『僕はあの時から心を入れ替え更生しました!だからもう一度僕にチャンスをください!』みたいなやつ。確かに誰にだってやり直すチャンスはあると思う。元犯罪者だった人が若者に向けた犯罪防止啓発運動をして評価されてるところもある。でも上っ面だけで根底は何も変わってない奴だって、それ以上に恨みや怒りを増幅させる奴もいる。俺は少なくても大鵠は後者の人間だと思っている。」
生徒の人権を取ろうとしてたやつの人権を保護するのもよくわからない話だけどな。やられたらやり返す精神の方が分かりやすくていいのだろうけど、この年でそれを言っても『お前も大人になれ』と言われて終わりだろう。大人って碌に原理もわかってないのに納得する奴のことを言うのだろうか。
「そんな訳でみんなもあいつには気を付けるように」と瀬田会長は部屋を後にした。確かに今やれることは特にないのだから気を付けるくらいしかない。
ただそのこととは少し話題は逸れるが、俺にも思うことがあった。
「春風さん、明日の昼休み空いてますか?」