VS集いし強者 5
クラスの人間は戸惑った表情こそしていたが、姫は学年でも有名なこともあり、打ち解けるまでに時間はほとんど必要としなかった。元々の性格の良さも十二分にあるしな。しかしなんで俺の隣の席に座ったのか、なんでそのクズにそこまでよく接しているのかは懐疑のところらしい。水仙などからは別に意味合いもある視線を感じたが、それは無視した。
「因みに今日ご自宅に伺ってもよろしいですか?.......できたら2人きりがいいなぁ、なんて。」
この言葉に周りから何かがブチ切れた音がした。
「......あの、確かにみんなの嫌われ役はやってますけど、あらぬことで更に嫌われようとは思ってないのですが。」
「何やら意味深な視線が狐神君に向けられていると感じまして。でも嘘偽りない言葉ですよ。」
「言い方なんよ。」
多分俺の家の事情を把握することが姫が近づいて来た理由かな。確かに俺の家族の存在が俺にとって大きなストッパーであることは間違いない。でもそれを姫に知られたくはないし、そもそも女子を家にはあまり呼びたくはないな。変に気を遣う必要もあるし。
「あ、別に男の子の部屋だから、えっちな本があることは気にしませんよ?」
「あの、そんなさも当然のようにあること前提にしてもらわないでもらえます?」
「電子派ですか?確かにあれならバレないですし、どこへでも携帯可能で便利ですよね。」
「いや、持ってませんよ?というか18歳未満は持てないはずだから普通は持ってないんだよ。」
「私は持ってますよ?宿儺君はどういう服装とかシチュエーションが好みなのか訊いていました。それはもうよりどりみどり。でもどれもお気に召さなかったようで、全部焼却されてしまいましたが。」
いや、それ多分禦王殘以外の男子でも答えづらいだろ。というか俺が既にこの状況に反応しづらいし。
「とりあえずうちには招くことはできません。」
「なんでですか?」
「......いや、その、別に仲良くないし。」
それっぽい理由が見つからず、つい本心でない言葉が漏れる。それに対して姫は涙まで見せるオーバーリアクションをする。
「そう、ですよね。狐神君とは大した接点はないですもんね。私は友達だと思ってたんですけど、嫌ですよね、こんな女。クラスの友達に嫌なことをされたということでここに逃げ込んだ来ましたが、結局ここにも居場所なんてないんですよね。ごめんなさい、私が勝手につけあがっていました。こんな女は教室の隅っこで誰の視界にも入らないように存在を消して今後一生生きてきます。」
あの、家に来るのを断っただけで、そこまで言う?どうせ姫のことだから嘘だろうけど。今なんかも「おーいおいおい」とかなんか意味わかんない泣き声だしてるし。なんかこれ俺の方が虐められてないか?
「そこまで言って「うわーん」迷惑だから「ひぃん」流石に家は「狐神君のイジワルー」臭い芝居やめにし「いいんですか?ガチな泣き真似結構自信ありますよ。」......ごめんて。」
女は泣けば許される、なんて言葉は嫌いだし、実際そんな場面に立ち会ったとしても、「知るかボケ」と捨てることなんて余裕だと思っていたが、全然そんなことはなかった。とりあえず「前向きに検討しておく」とその場を誤魔化すことが精いっぱいだった。
「次は家庭科室に移動教室だってー」
クラスの誰かがそう言うとみんなぞろぞろと移動していった。俺は移動の時には時間ギリギリに行くようにしている。先に教室に行ったところで一人退屈にすることなど目に見えている。これはボッチを経験しているものなら必修科目だろう。各教室に到着するまでにどのくらい時間を要するかは当然把握済み。あと2分くらいはここで過ごせる。
そして2分くらいが経ち、教室には誰もいなくなった。俺も移動しようと席を立つと、そのタイミングでお手洗いにでも行っていたのか、姫が覚束ない足で教室に入ってきた。
「やっぱり車いすがないとなかなか不便ですね。今日修理出していたこと忘れていました。とはいえまだ仲が良くない人たちに協力を仰ぐのも抵抗ありますしね。」
「......先生の方には俺から伝えておくか?」
「すみません、お願いしてもいいですか。10分くらいあれば着くと思いますので。」
教科書、ノート、筆記用具を持って姫の入ってきた扉とは反対の扉から出る。廊下にはまだ時間ギリギリまで話している女子や携帯を見せあっている男子がいた。俺もそうだが、これでは予鈴の意味など合ってないようなものだな。
「あっ!?」と教室の中から短い悲鳴と、少し鈍い音、そして何かが落ちる音が聞こえた。しかしそんなこと知ったことないので、一瞬止まった足をまた動か「あー、このままだと死んじゃいます......誰か優しくて頼りになるような人はいないでしょうか......」
「もういっそ死ねよ......」
「やっぱり狐神君は優しいですね。惚れちゃいそうです。」
「嘘つけ。」
しかしそんな言葉とは裏腹に、倒れた姿勢からなかなか立てない姫の姿があった。額に滴る汗から見て、それは演技なんかではないだろう。俺ができて当たり前のことができない人をこうして間近で見ると感じるものがある。変に優しくなどはしない。その優しさが当人にとってキツイと感じることもあるだろう。
とりあえず俺は落ちてしまっている教科書とノート、筆記用具を拾い集めた。その頃には姫も自分の椅子に座ることができていた。そしてチャイムが鳴り響く。
「ありがとうございます。あと、ごめんなさい。これじゃあ遅刻確定ですね。」
別に授業に毎回時間通りに出るような、そんないい子ちゃんなんかではないのでそんなことは構わない。
「......実は私も今回を機会に、周りの人の手を借りないで学校生活を過ごしてみようと思ったんです。でもその矢先、これじゃあ情けないですね。宿儺君、クラスの人たち。誰かに支えられていないと、私は普通の生活だってできやしないんです。」
「色々思うところはあるだろうけど、必要な時は助けてもらえばいいんじゃないか?」
「......ですよね。私もそう思います。」
姫は優しく、語り掛けるようにそう言った。
言った後に思った。多分姫は俺にその言葉を言わせようとしたのだろう。前に星川にも同じことを言った。
「......教室に行こう。必要なら負ぶっていくがどうする。禦王殘みたいにかっこよくお姫様抱っこなんてできないが。」
「.....えっち。」
「じゃあ頑張って地べた這いつくばっていくんだな。」
「多分それ宿儺君黙ってないですよ?」




