化け狐 16
壇上に上がると明らかに2、3年生の表情は曇る。そして1年生は「誰だあいつ」といった、無関心に近いものだった。確かに俺一人が壇上に上がることは、少なくても1年生の前ではなかったのかな。2年生、3年生、先生方、そして俺が緊張する中、弔辞かというくらいの静寂が会場を包んだ。
「......一年半ほど生徒会にて庶務の仕事をさせていただいておりました、狐神彼方です。このような場でお話させていただくのは懐かしいですね。あの頃とは状況も変わっておりますが、思うことに変わりありません。この一年半常々思うことがありました。私は皆さんの役に立つことができたのか、と。不出来な自分が尊敬する先輩、生活を共にする同学年の仲間たち、頼もしき教師陣の皆様方も勿論含めて、少しでも力になれていたのか。結局答えは見つかりませんでした。勿論私一人の力でこの学校を変えられるなんて思ってはいません、人間一人の力なんてたかが知れてますから。でももし『そういえば生徒会にこんな人いたな』と、心の隅にでも置いてもらえましたら幸いです。本日をもって生徒会庶務の任から外れ、この学校の一生徒に戻ります。これから皆さんのために動くことはできませんが、逆に自由になった立場ということで、『生徒会庶務狐神彼方』ではなく、ただの『狐神彼方』として、皆様と過ごせればと存じます。......最後に、私は皆さんに対して何かできたというわけではありませんが、皆さんが私にしてくださった『ご指導』と『ご助力』は忘れてません。遅くはなってしまいましたが、それらも自由になった身ですので、お返しできればと存じます。ご清聴ありがとうございました。」
一年生が座る側からは拍手の音が聞こえたが、2、3年生からはほとんど拍手の音が聞こえなかった。それを1年生も変に感じ、直ぐに拍手の音は止んだ。俺はみんなに向けて一礼と笑いかけると、足音だけ響かせてステージ袖に引いていった。
「ねぇ。」
最近顔を合わせても何も言われなかったノアに声を掛けられた。そしてそれは同じ場に居合わせたクルトの目にも留まっていた。
「どうやってみんなに復讐していくつもりなの。」
「最初のうちは久世や橋本みたいに血気盛んな連中が突っかかってくると思う。んで、そこらへんの処理が終わったら、多分向こうからは動いてこないからこっちから行くって感じかな。具体的にはまだ決めてないけど、何も全部暴力で解決なんて物騒な真似しないしできないよ。俺はみんなみたいに喧嘩が強いわけでもないし。でも生徒の行動一つ一つに制限なんてつけないよね?法律だって罰は課せど、その行動に制限はつけられない。十三条にだってそう記載はある。公共の福祉とか曖昧なものに反しない限りは幸福を追求する権利は誰にだってあるだろ。そしてその幸福は自分で決められる。多分この国はそういうところ慎重というかどんくさいから、多分未曾有のウイルスとかが流行ったって行動制限はできないと思うよ。」
「日本国憲法十二条の後半には『国民はこれを濫用してはならないのであって、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ。』......今のあなたのように権利を悪用しようとする人への警鐘ね。でも、友達としてならあなたを止められる。」
友達、ね。その定義に関しては前にも太陽にも相談したし、自分でもその閾値は設定したけど、端的に言えば馬鹿馬鹿しい。
「帝王学を習ってるだろうノアだって知らないわけじゃないだろ。王は一人の民を厳戒するためにその玉座から離れることを許されない。王が易々と動けば国が崩れかねないからな。会社の社長が商品の打ち間違えのクレームの対応なんかしないだろ?寛平御遺誡にだってそう書いてあるくらいだからな。......いずれにしても、俺は俺で勝手に動くよ。ノアはその事後処理で迷惑かけちゃうかもね。」
クルトもノアも俺にそれ以上何もすることはなかった。俺の出番は既に終わっている。これ以上ここにいる意味もないため、俺はその場を後にした。
「また怪我人が出たんだって。」
「今度は野球部っていってたな。」
「外周サボってた人を注意しに行ったら、なんかボコボコにされてたらしいよ。」
「そういえば前も陸上部が目立たないところで喧嘩してたって聞いたよ。」
「えー、怖いね。」
「学力が高いからこの学校ってそういうのないと思ってた。」
「でも2年くらい前になんか今の3年生とその一つ上の学年で大乱闘があったとか噂もあるらしいよ。」
「この学校大丈夫かな......」
「先生もいい人もいるけど、見せかけだったりするのかな。」
「金で事件もみ消してるとか?」
「そんなドラマじゃあるまいし。」
「そういえばあの挨拶があってから先輩たち変だよな。」
「あー、確か名前は......」
「「「狐神彼方」」」




