化け狐 15
翌日、生徒会庶務に新しい立候補が来た。まぁ別に見知った顔だから何ということもないが。......今頃どっかの誰かはぶちぎれてんだろうな。
「よくノアが許したな。数日前は確か釘を刺されていたと聞いたが。」
てっきりノアと同じ職場に働けて満点の笑顔だと思っていたが、どうやら事態はそこまで楽観的ではないようだった。
「それも含めてだ。ノアさんが最近全然元気がなくてな。俺が『生徒会に入ってもいいですか』と聞いても『好きにしなさい』というくらいだ。」
「成程、重症だな。」
「そうだな。原因はお前に関することだとは思っている。だが、お前ではなく、鶴という女に会ってから、一気に魂が抜けてしまったように感じた。あの女はいったい何なんだ。お前はあの女と親密な関係なのだろう?」
とりあえず仕事を片手間に教えつつ話を進めていく。流石はというべきか、仕事とノアの話を行き来しても滞りは一切見られず、寧ろ俺の方が「なんだったっけ」となっていた。
「.....お前と鶴という人間が手を組んで復讐とやらを企んでいることは理解している。下らない、と吐き捨てる気はないが、鶴という人間はお前の復讐を手伝う、助長して一体何の得になるというんだ。まさかこの学校の頂点にでもなって力を振るなんて考えているのか?」
学校の頂点というのはやはり生徒会長だろうか。流石にここで学校長の話をしてはいないだろう。生徒会長になるのに生徒会を辞める人間はいないだろう。実際だいぶ前は生徒会長になってこの学校のみんなを支配下にするということも考えなくもなかったが、生徒会長は生徒のために尽力する立場。少なくても復讐というものとは対極にあるともいえる。
「鶴の考えてることは俺にもよく分かんない。でも俺はただ、みんなにされたことのお返ししようとしてるだけだよ。影響力のある生徒会長もいいが、別に俺の名前は冤罪で2,3年生はほとんど知ってるから、別に俺がその椅子に座す必要はないだろ。」
ここで俺の首にクルトの手が素早く回された。何を考えているのかは分かるが、こいつだって前にノアに痛い目見てるんだから、そう簡単に事は起こさないだろう。
「お前の復讐にはさして興味はない。だが一つだけ教えろ。その勘定にはノアさんも含まれているのか?」
「だとしたら?」
回された手に少し力が入ったのを感じた。若干呼吸がしづらくなる。
「今でも抑えているのがギリギリなんだ。もしあの人の目から涙が落ちようものなら、俺がお前と鶴という女を殺しに行く。家族共々な。」
別にそれならそれで構わないけど、それをノアは望んでいないと思うけどな。でも多分こいつの場合はそれを有言実行するだろう。こいつにだって譲れないものはあるはずだ。
「......少なくても、生徒会に入ってここで唯一『いてもいい場所』は見つけられた。そこにいた人に危害を加えることに、憚られるものはあるよ。」
俺の言葉には何も返さず、クルトはその場を後にした。
やがて生徒会選挙が始まったが、クルト以外に立候補者がいないこと。また、俺は体育祭くらいしか知らないが、多分学校のテストなどの上位成績者のことも踏まえて、クルトがすごいというのは学年の周知なのかもしれない。なのでそちらに関しては直ぐに話が終わった。一応この後採決が各クラスで取られるだろうが、まず採用になるだろう。
そして逆に橄欖橋先輩と俺は生徒会から抜けるということもあって、なんかそれっぽい言葉を言えといわれている。正直まだ全然決めていない。先に橄欖橋先輩が言うから俺もそれに倣ってなんか適当に良い感じのことを言おう。
橄欖橋先輩は俺のことを一瞥すると、何も言わずに壇上に登っていった。
「どうも~、生徒会で副会長で頑張ってました橄欖橋久遠で~す。いや~、生徒会の仕事ほんとに疲れたよ~。」
ダメだ、全く参考にならんあの人。先輩に言っていい言葉じゃないだろうけど、よくあんなんで仕事できたな。
「なんか成り行きで生徒会に入ったけどさ~、本当に仕事が多すぎて嫌になっちゃうね。誰が好き好んでこんな仕事するのかって思うくらいに。これでお金もらえてないの、本当に良くないと思うなぁ。」
愚痴が止まらないけどいいのか?これ生徒会の評判めっちゃ悪くなりそうだけど。やりがい搾取とか言われないか?
「まぁでも?逆に退屈はしなかったかな~。私なんでも器用にこなしちゃうからさ、ここまで仕事に忙殺されたの結構久しぶりでさ、そう意味では新鮮だったかな。あと感じたのは、こうして普通に生活できてるのって、結構普通じゃないんだなって思ったかな~。体育祭とか2年前にやったけどさ、正直めんどくさかったけど、今年はめんどくさい準備やったからかな、まぁ出てやってもいいかなって思えたね。生徒会に入って何が変わったかって言われるとよく分かんないけど、人の役に立つことの難しさはよく分かった。.....自分が頑張ってやったことを踏み倒される悔しさも。」
最後の言葉はきっと、今までいろんな部活に一時的に入ってさんざん荒らしたことへの謝罪なのかな。生徒会の仕事の中で、部活動予算で自分がかつていた部活の人と揉めていたり、相手の都合が合わなくなったとかで全部スケジュール組み立てなおしなども断片的にだが見てきた。その苦しみが分かっただけでも人間として成長できたのだろうか。
「まぁ私は大学は推薦だから残りの高校生活をのんびり謳歌しますが~」
絶対に今の言葉で半数近くの人間敵に回しただろ。
「こんな私にリコールとかせず、生徒会に最後までいることを許してくれた皆さんには、感謝してます。今までたくさんご迷惑をおかけしました。......あとは、今までありがとうございました。」
色々な言葉は聞こえたが、どれも怒りなどの感情の色は見えなかった。文末に『笑』がつくような言葉ばかり。生徒会の仕事が大変なことはみんな分かるだろうし、それを途中からとはいえ、最後までやり遂げたことに、みんななんだかんだ許してしまうのだろう。
「さて」
懐かしいな、この空気間。確か前は大鵠さんの応援演説の時か。禦王殘とノアの応援演説で、いい感じの流れを俺の登場でぶった切るような感じ。しかし今はあの時とは違う。俺は生徒会からいなくなる立場。誰を応援するわけでもなく、ただいなくなることの宣言。それを惜しむ気持ちもあるが、俺も大人にならなければ。今までこうして生徒会でのんびりできたのも皆さんのおかげです、とか?なんか橄欖橋先輩とかぶってる気もするけど、大体役職離れるときなんてそんな言葉だろう。拍手喝采とはならないだろうけど、みんなの記憶に残る言葉とかになればいいな。
「ぐちゃぐちゃにしてやる。」




