化け狐 13
俺が復讐を考えていることは、一つ上の学年の人間にも早い速度で広がっていった。それはまるで病原菌が新たな寄生先を探して感染が広がっていくように。あまり本気にしない人間や、面白く感じていた生徒もいたが、俺が服を脱ぎ、その傷跡を見せたという事実はあまり重大と感じていない生徒へのいい刺激となった。
さて、クラスで居場所をなくした俺は久しぶりにシュパリュに会えるかと思い海沿いに出てみた。しかしそもそもシュパリュはこころが散歩みたいな感じで連れていた。そのこころが学校にいるとなればそこにシュパリュがいなくてもそれは当然のことだった。
「猫じゃらし、いらなかったな。」
にしてもここに来ると当初のことがやはり思い出されるな。教室にもどこにも居場所がなくて、そこを瀬田さんが生徒会に拾ってくれたんだっけな。
先ほど俺が捨てた猫じゃらしが踏みつぶされる音がした.せっかく思い出に耽っているというのに、どこにでも俺のことを邪魔してくれる輩がいたものだ。......いや、邪魔とも言い切れないか。
「えっと......誰でしたっけ。」
「おいおい、先輩相手にため口かよ。何があったか知んねぇが随分とイキってんじゃねぇか。」
......あぁ、確か3年の橋本と久世とかいったか。マジで出番なさ過ぎて全然覚えてなかった。それで一体学校から離れたこの場所で一体何の用事なのだろうか。内容なんかたかが知れてるが。
「聞いたぜ?去年のことまだ根に持ってその復讐とかするって息巻いてたな?そこには勿論俺らも含めるんだよな?」
「はぁ、そっすね。」
こいつらも決して優しいことを俺にはしてこなかった。勿論その対象だが、向こうから来てくれるとは。いや、こんな喧嘩大好き人間が来ないわけないとは思っていたが。......しかしどうせなら徹底的にやるとしますか。
「だったらよぉ、俺らにも復讐してみないとな?安心してもらっていいぜ、流石に2人がかりじゃ可哀想だからな。一人一人相手みっちりと相手してやるからよ?」
「......まぁ、折角先輩からご提案頂きましたし、そうしましたらその胸を借りるとしますか。」
「おっ!いいじゃねぇか!!俺いい場所知ってんだよ!!」
「そしたらパーッと行こうぜ!!」
終業後の飲み会か。
その後はあまり人様の迷惑にならないよう、人が寄り付かない場所に向かった。途中「これ誘拐じゃないですか?」と聞いたが、「そうかもな?」だけだった。あらかじめ作った文面の送信ボタンだけ押した。
「ダメだよ。ただの喧嘩を誘拐窃盗傷害事件にしちゃうなんて。」
「......何のことですか?」
公衆電話にて電話をしようとしていたところに、後ろから大鵠さんが声を掛けてきた。俺がぼこぼこに遭っているところを傍観していたのなら趣味が大変よろしくない。
「梶山君にメールしてたよね?3年の先輩に誘拐された、助けてって。2人に連れていかれる直前に。案外遠目でもフリックの方向で打ってる文字っで分かるんだよね。」
特にあの2人にはバレないように文面は2人が接触前に作ったのだが、まさかそんなところからこの人には見られていたとは。
「実際強引に連れていかれましたからね。そこで助けを呼ぶことはだめですか?」
殴られた箇所が痛む。それでもこの人の前で弱みは極力見せたくなかった。とはいえこの人のことだから、そんなものは既にお見通しだろうが。
「......手にしているそれ、ボイスチェンジャーだよね?それでどこに連絡するつもり?まぁどこでもいいけど、『狐神彼方を返してほしければ500万用意しろ』とかそんなこというつもりじゃない?......一部始終見てたけどさ、あいつらにボコボコにされた後、逃げ出す際に財布とか携帯とかわざと落としてここまで来たよね。落ちているのであれば、馬鹿なあの二人のことだからそれを拾ってもらうだろう。事件が成立しちゃうわけ。これで梶山君が呼んだ助けが来るまでに、またあの2人に捕まればミッションクリア。なんだか以前の淀川の時と同じ感じだね。自分を犠牲にすることで自分に利を運ぶ。」
結局俺にはこんな泥臭いやり方しか思いつかなったからな、所詮この程度の人間なのだろう。
「結局こうして大鵠さんに見つかった時点で俺の作戦はおじゃんになりました。......そうですね、だったらさっきボコボコにされた分くらいは返しに行きますか。」
そう言って大鵠の横を、若干足を引きずりながら狐神は戻っていった。そして先ほど梶山の連絡先を持つ大鵠の知り合いに、『さっきのメールは嘘だから気にしないで』と送るように指示を出した。これで事件が大っぴらになることはない。
しかし大鵠は別のことを思っていた。現在の狐神の周りの状況はよくない。もし今回の件、仮に俺じゃない誰かに『狐神が先輩2人を嵌めようとした』とバレた場合、勿論狐神に向けられた憎悪は強くなる。でもそれがシナリオ通りだと分かった場合、梶山もその演技に加担したと思われる可能性もある。勿論あくまで可能性の一部、それも周りから信頼を得ている梶山であれば恐らく問題はない。だが現在の2年7組は不安定になっている。その中でクラスの竜骨とも言える梶山に疑惑の目が向けられれば、クラスはなお一層混乱に陥るのではないか。
「......やっぱり、君はすごいね。」
若干の冷汗をかきつつ、そんなことを思った。
「それで結局勝っちゃうのね......。その2人はね、やっぱりそれなりに場数踏んでるから喧嘩は強いんだよ。ただ久世は短気で、橋本はまさに油断大敵だから、こうやって二年生の狐神君相手に負かされることになった。......大丈夫、意識ある?」
「......次はあなたですか?」
興味深いものを見るように微笑み、でも俺から視線は外すことなく語り掛けてきた。俺と2人の殴り合いをずっと観察していたが、それに構っている余裕はなかった。
「それを冗談で言ってないところが怖いよね。俺も負ける気はしないけど、っと......仮にも俺先輩なんだけどなー。ほんと油断も隙もない。」
久世が隠し持っていたナイフを大鵠さんに向けて投げたが、普通に躱された。そう易々と当たってくれるとも思っていなかったが。
「本当なんだね、復讐の話。てっきり前みたいにツンデレしてんのかと思ったけど。」
「いい見せしめにはなったでしょう。こうして向かってくれば倒すだけ。来なければこっちから行くまでです。」
「じゃあ俺も暇なとき相手してもらおうかな。......やっぱりあの女に唆されたの?」
大鵠さんがあの女なんて形容するのが鶴であることは明白。別に唆されたとかはないけれど。
「狐神君の復讐の対象外って2年生だけ?多分先生方も含めるとは思うんだけどさ、蓬莱殿は入ってるの?君の復讐の定義に『虐めに加担してる人は勿論、傍観していた人間も含める』のであれば当然入れるよね?少なくても生徒会に入るまでの2か月間、生徒で君の味方は誰一人いなかったのだから。」
「......言いたいことは分かりますけど、これは俺の復讐なんです。その定義とか例外とかをあなたが決めないでほしいです。」
「……やっぱり裏切る者は君だったか。」
「自分の言葉が本当になって嬉しいですか?」
「……いや。」
当たって欲しくなかったよ。
勿論噂は一年生にも広がっていた。しかしそれは一年生からしてみれば「そんなことがあったんだ」くらいの認識。大きく取りただされることはなかった。強いて言うのであれば桜介君、星川、榎本、黒瀬、クルト、こころ、峰澤、安西が一年生で接点を持っているから、彼らは思うところがあるかもしれないな。




