化け狐 10
「......ご、ごめんなさい。多分私昨日寝ぼけてて、あんまり覚えてないんだけど、なんかノアちゃんにしちゃったかな?」
確かに裸の女子を抱きしめて寝ているような状態で目が覚めれば、自分が何をしたのか疑うのも当然か。でも確かに昨日若干鶴もふわふわしているようにも見えたと言われればそうなのかしら。最後の方は余裕がある印象も受けたくらいだし。......それとも、ああいったことに慣れているとか?
鶴があまり覚えていないというのであれば、それを利用して昨日の私の蛮行を誤魔化すことはできるでしょう。でもそれをしては昨夜私のことを『友達』と言ってくれた人に対してあまりに不誠実すぎる。それに子どもでも知っていること、『嘘はよくない』。
「......そ、そうなんだ。事情を説明してくれてありがとう。.....でも、その、まずは服を着てくれると嬉しいかな。あの......色々と、すごいから......。」
「あ、ごめんなさい。」
瀬田生徒会長から言われたことも含めて鶴に伝えた。本人はそんなことないよと言ってくれたが、鶴の淡いそれは私と禦王殘、瀬田生徒会長にも感じたということは事実。本人でも気づいていないことは思いのほか多いと思う。......もしくは自覚はあっても私たちには何も期待していないとか。いずれにしても、私が鶴ともっと仲良くなりたいのは本当だし、今後も鶴とは生徒会のメンバーとしても一緒に頑張ていきたい。
「これからもよろしくね!鶴!」
「......うん、でも......スキンシップはほどほどにしてもらえると、嬉しいかも。」
「......ごめんなさい。流石にどうかしていたわ。」
しかし事態は一変した。
「ん?あぁ、この前紹介したろ、狐神彼方。で、カンニングの冤罪解決したじゃんか。お前ら二人ともいなかったが。その時には鶴は前と違ってすごいいい感じになってな。まぁお前らも感じたろ?」
「......そうですね。」
「てっきりノアがなんかしたと思ったんだがな。」
言いたいことはなんとなくわかった。それは禦王殘も同じく。つまり私がやってきたことは徒労に終わったということね。まだ2か月くらいしか経ってない女の子に一緒にお風呂入ったり、抱き合って寝るなんてことしたのに。......今思い返してもだいぶ頭のネジ緩んでいたわね、どうしてあんなことしたのかしら。
「てなわけで鶴を変えたのは狐神ってわけだ。鶴に必要なのは様々なものに突出した人間じゃなくて、狐神みたいにボコボコに欠点がたくさんある人間だったみたいだな。」
私も禦王殘も正直納得いかない部分がないわけではなかった。でも仲間である鶴が活力に満ちていることは、私や禦王殘が生徒会長になるなんてことよりもずっと良かった。
「限りなく確信に近いものを感じたのは2年生の夏。狐神があなたの父親に襲われて意識を失い、そして目覚めた時よ。まるで何かの機械に電源を入れるように、あなたが狐神に語りかけると狐神は目を覚ました。......私もあそこまではできないけれど、相手の無意識下にまで影響を与える洗脳よね?」
もし鶴が最初から狐神をそういった目的で見ていたとしたら、納得いく部分はある。あの時の狐神は精神的にギリギリのところだった。1800近い敵がいるこの小さな箱庭で救いの手を差し伸べてあげたら、それは簡単に相手を妄執させることができるだろう。そしてその人間はわずか1年半でここまでの進化を遂げた。とんだ大器晩成と言える。そこまで見越してあの時狐神に接触していたというのかしら。いえ......きっと進化するように仕向けたのかしら。自然選択説のように。
「......ノアちゃんは私になんて言ってほしいのかな?」
「真実を話してほしいわね。」
「......それもそうだと思うけど、嘘だって言ってほしい気持ちもあるよね。悪い人はきっとその願望を利用すると思うよ。願いは強ければ強いほど視野を縮めるから「鶴っ!!」」
友人は確かにこの学校でたくさんできた。でももしその中でよくない人間が出てきたら、直ぐに切り捨てることもできる。目の前の友達も同じだったはずなのに、どうしてこんなに心を惑わされるの?こんなに感情的になるのも私らしくない。こっちのペースが乱される。
「......確かに狐神君が生徒会を辞めるなんてショックだよね。1年半近く一緒に過ごしてきたのに。更に2、3年生に向けて復讐まで考えてる。......ううん、「ようやく戦う準備ができた」そう言ってたよ。あんなに笑っているように見えても、きっとずっと苦しかったんじゃないかな?ノアちゃんは生徒会長としては止めなくちゃいけないよね。......最悪、狐神君がここを去ることになっても。」
クルトも言ってたけれど、今の狐神には恐らく自己犠牲を一切考えていない。ここを去る、というのは寧ろまだ全然マシな選択だと思う。彼の危うさを考慮すれば、きっと壇上で自分の首をかっ切ることさえ厭わないだろう。
「.......答えて、何が目的。」
「......私がもう黒で確定してるんだね。そんなこと一言も言ってないのに。」
ここまで話していて、そんなわけないでしょ。......でも、その嘘につい縋りたくなる。これが嘘で、狐神が本当はこれからも生徒会にいてくれるというならどんなにいいか。
自分が積み上げてきた信頼と友情がこうして自分の足枷になるなんて思ってもみなかった。




