化け狐 8
生徒会が発足して直ぐ、同じ1年生のメンバーとして禦王殘という人を見た。私とは違う環境に育ってきたのだろうが、私と同じような雰囲気を纏っているような気がした。人の上に立つ人間。勿論やり方は全く違う。私は信頼と言論で、この人は恐らく力と恐怖といったもので。でもそのやり方はそれぞれ、私は広く浅く、彼は狭く深くその根を広げているのだと感じた。そうなれば彼のやり方を見て、少しでも得られるものがあるかもしれない。私はあまりきれいじゃない戦法を知らない。でもきっと彼ならその道をよく知っていると思った。
そしてもう一人の1年生。蓬莱殿一鶴。彼女にはとても淡い印象を受けた。それは文字通り今にでも消えてしまいそうな、生きる活力というものが一切感じられなかった。のちに自殺してしまった人間を見たことがあるが、それと同じ感触。多分私が今首を絞めたとしても一切抵抗しないだろう。それはこの禦王殘という男にも分かったらしく、また瀬田生徒会長が生徒会に招くという形の保護をしたことも直ぐに分かった。
一緒に活動していくことになってもそれが変わる様子は見られなかった。言われた仕事ややっておいた方がいいことはやってくれるが、そこに彼女の意思は感じなかった。
「鶴のことはお前らも感じてるだろ。もし鶴のことを変えることができたならお前らどっちかに生徒会長を任せてやってもいいぞ。」
正直この人が生徒会長をやるよりも私がやった方が上手くできる気がしていた。それはきっと彼も同じことを思ったのだろう。しかしどちらも同じ壁にぶつかった。
『どうやってもあの子を変えられる気がしない』
救われることを望む人、現状を変えたいと思う人間の手助けならばいくらでもできる。綺麗な言葉を並べることもできる。だが結局人間他人にできるのは手助けのみ。あの子はそれを望んでいない。心の底から、全く。そもそも、その心すらあるか怪しい。
「……言い訳をするつもりはねぇが、俺に不利な条件じゃないですか。俺は人を恐怖から支配することしか脳がないもんで、救うなんてことは苦手なんですよ。そしてノアはそれが得意な部類、しかも同性ってこともある。」
「私もあまり賛成しかねます。彼の言うことには正当性があると思いますし、1人の人間の悩みを出汁にしてるみたいで気が進みません。」
2人の正論にめんどくさそうに欠伸をする生徒会長。しかしその反応が2人には少し不気味に映った。自分と相対した時にここまで呑気に過ごしている人間などほとんど見たことがなかった。普通なことが異常だった。
「……ったく、ゴタゴタうるさいな。目の前の人間1人救えないで何が生徒会長だよ。」
「……じゃああんたには救えるってことですか?」
「ん?いや無理。だからお前ら2人が挑戦して、見事成し遂げたらここの椅子に座ってもいいって話。俺に無理なことを成し遂げられた人間の方が、よっぽど俺よりも生徒会長にふさわしいだろ。」
事実として彼は今この学校の生徒会長の椅子に座っている。それは自分たちがこの学校に入学するよりも前の人間が決めたこと。そこに関しては文句は言えない。新参者がその席を空け渡せとはいえない。ここは乗るしかない。実際あの少女に関してはノアも禦王殘も放っておくという選択肢はなかった。
「......分かりました。彼女を救うように取り計らいます。その上で生徒会長の席を譲ってもいいと判断された場合、対応をお願いします。」
「......右に同じ。」
「あ~い、んじゃよろしく。」
それからしばらくして、同じ生徒会として働いた。仕事は私たちに十分ついてこれるほど優れたものだった。それはある意味衝撃を受けた。仮に一般的な家庭で育った人間だとしたら、きっと私たちよりもずっと才能がある。でももしそうじゃなった場合、この子はどんな環境で育ったのだろう。蓬莱殿という名前には特に聞き覚えがなかった。そしてそれは禦王殘も一緒だった。
仕事をしていくうちに関係はどんどん良くなっていった。最初から悪いなんてことはなかったが、仕事の話だけじゃなくて友達関係や休日についてなども話をした。学校の帰り道も一緒に帰った。しかしそこにはいつでも一枚の隔たりを感じていた。
「えー!!めっちゃ可愛いんだけど!!え、ご飯とか一緒に行かない?マジで?俺金出すからさ!いい店知ってるんだよ!!」
2人で行動しているとこういった輩がついてまわった。前に禦王殘と一緒に帰った時には、流石というべきかしら、誰一人として寄ってこなかったわね。とても過ごしやすかったけれど、「あんまり女子と一緒にいるとめんどくせぇこと言われそうだ」と以降は一緒にいてくれなくなった。多分恋人とかなのかしら、彼のそういったことは聞いたことがないけれど。......なんだか頭が痛くなってきたわね。にしてもこの男、小学生男児みたいな恰好ね、恥ずかしくなのかしら。それに似合わず声は無駄にかっこいいけれど。
「ねー!!ねー!!無視しちゃう感じですか!?」
女性がこういった男性に絡まれた時、大きく分けて2パターンあると思う。1つは怖がってしまうこと。大抵の女性はこうだと思う。どうしても女性より男性の方が力だってあるし身長とかもある。特に年上の男性の絡まれた時には何もできなくなってしまうことも普通でしょう。2つ目は毅然とした態度を取ること。徹底的に無視したり「邪魔です!!」など言って追い払う。こちらも少数だけれど一定数は存在する。私は間違いなくこっち側ね。......そして彼女は。
「......お腹空いてないので大丈夫です。」
「あー......じゃあカラオケとかいかね?俺歌うまいんだぜ!!」
「......あんまり音が大きいの苦手なので。」
「......成程、そしたらー、あー、いい感じの店で......腹減ってないんだよな。」
悪意というものを知らないわけではないだろう。道に尋ねられたように、中学生の知り合いと偶然駅であったように、普通に受け答えをする。これはいったいどういった心境なのか、私はあまり理解できなかった。
強いて言うのであれば
『無関心』
その言葉が一番しっくるり来た気がする。興味がないから悪意も善意もない。嫌悪感も恐怖心も忌避感も畏怖も警戒心も猜疑心も。一種の感情の欠落に近いものなのかしら。そしてそれが彼女が白よりも透明に近い印象を持たせた。
「ごめんなさい、この子が落とし物をしてしまってこの後交番に行くんです。......良ければお兄さん方もついてこられますか?」
仮にもこの制服で問題を起こすのはあまり望ましくない展開ではある。
流石にそれ以上はついてくることはなかった。この程度で諦めてくれて助かった。この子の感情もこんな簡単に変えられたらいいのに。
「ちょっと試してみましょうか。」
「?」




