忍び寄る影 3
春風と大鵠が女遊びをするにあたって一つだけ約束をしていた。それはよくある話。
『もし今後本気で好きな人ができた場合、絶対にお互い邪魔をしないこと。』
今春風にこのこと質問したらきっとこう言うだろう。
「あいつが絶対に邪魔しないわけがない。」
けれどこの頃の春風は大鵠の事を信じて疑わなかった。自分だけでなく、彼女まで傷つくことなど知らずに。
あのまま進めばきっと次期生徒会長には大鵠になっていただろう。そしてその時には明確なビジョンを持っていた。けれどそれこそが問題だった。
『完全実力制度』
クラスを上から実力順に並べるというもの。その内容は勉強だけに限らず、スポーツ、習い事、特技など様々なものが加味される。ここまでなら否定的な意見が出るとしても、意見としては全く悪くない。競争意識を図る目的としては非常に有効だ。だがそこからが到底受け入れられないものだった。
「手始めに最下位の12組には全員退学にします。そしてその後毎年最下位のクラスは退学。つまり卒業までに150人くらいは消えますね。そして最下位より1つ上のクラスには基本的に人権を持たせない、その1つ上は拒否権を持たせない、そんな段階で少しずつ軽くします。そして半分より上のクラスには各段階で特権を持たせます。1組は学校においては授業に出なくても良い、行きたい大学の推薦状、学校内での問題の帳消しなど。どうですか?すごい前衛的な考えでしょう?それで...」
これより具体的な内容は聞くまでもなかった。瀬田は当然その意見を却下すると同時に大鵠を会長にすることを認めなかった。それは春風も全く同じ意見だった。けれど一部の生徒、例えば大鵠や夏川、壬生のような自分に絶対的な自信がある生徒からはこのビジョンに賛同する者も少なくはなかった。とりあえず半分より上のクラスに所属できればいい事しかない。それは人によってはとても魅力的に映ったのだろう。
「別に過半数の賛成票まではいらないです。他に誰も生徒会長に立候補さえしなければ自動的に俺がなるんですから。要は誰も立候補させなければいいだけの事です。それなら容易にできます。」
もうこの時には春風や瀬田の知る大鵠はいなかった。そしてその考えに夏川や壬生が乗っている事を知ったのもその時だった。
「瀬田さん達がいなくなるまでは俺も大人しくしてるんで安心してください。」
「そういう問題じゃないだろ。どうしたんだよお前。そんな奴じゃなかっただろ!」
「?いや、俺は最初からこんなんですよ?何一つとして変わってないですよ、説明する必要もなく。女を吐いて捨てるような生活をして、生徒会長になったら実力制にしていらない物は全部捨てて、こんな平和ボケしてる学校を変えるって。でもそうですか、瀬田さんと春風さんは反対派ですか。まぁ春風さんは付き合いからなんとなくわかってはいましたが、会長はいかんせん見えにくいので。」
「あ、もうこんな時間。すみません、女の子と会う約束があるので」と話を無理やり終わらせ足早に去っていった。残りの2人も「私たちも同じ考えなので」と言うと出ていった。
約一年同じ生徒会として過ごしてきたが、終わりはこんなものだった。引き留めることさえできなかった。エントロピーのように時間をかけて積み上げてきたものは、一瞬にして崩れていった。
大鵠が生徒会から出ると「もうすぐ着くね」とメールを送る。最近春風が付き合いが悪い事にはとっくに気が付いていた。そしてそれが恋だということも、その女の子が誰なのかも知っていた。
「あくまで俺の邪魔となるのでしたら少し痛い目を見てもらいましょう。」
そして地元の駅のカフェに入ると既に向こうは待っていた。春風が前に「この前会った子結構タイプでさ、なんというか、優しかったんだよね。別に自分の利益にならないことでも黙って行うみたいな。……きっと俺とは反対なんだろうな。」なんて言ってたことを思い出す。そんな顔で話す春風を見たことがなかった大鵠は一発で気付いた。それが恋だと。
「何言ってるのか、さっぱりわかんないですよ。」
何人の女と関係を持った大鵠からすれば、別にそこまでいい女には見えなかった。彼女は何やらそわそわして、少し不安げな表情をしている。別に大鵠に会うことに緊張しているわけではない。その理由は知っている。昨日大事にしていた猫がいなくなったのだ。それもそのはず。大鵠は昨日とても荒れた天気の中、彼女の家まで行き、シュパリュという名の猫を拉致するとそのまま荒れる海へぶん投げて殺したからだ。理由は春風が今日の話で邪魔することくらい目に見えていたから。それともうひとつは前に春風と共にこの女に会いに行ったときにその猫に引っ掻かれた。ただ、それだけ。
「関係ないかもだけど、俺と生徒会の2人が昨日帰ろうとした時、春風さんが海にいるのを見たよ。なんかを投げてるようにも見えたけど……」
その言葉に彼女の顔が青くなる。さらにそこから追撃をかける。
「そういえば前、春風さんが猫に引っ掻かれて怒ってたけど……。もしかしてその猫?」
これは紛れもない事実。とはいえ怒ったといっても「まったく、困ったな〜」程度。けれどその事はもちろん言わない。
「嘘……。でも春風さんがそんなことするとは……。短い間しか会ってないですけど、とても優しい人でしたよ?」
思わずニヤケてしまいそうになったが、急いで手で口元を隠す。ここでとどめを刺す。
「もしかして知らない?春風さん、女をとっかえひっかえで弄んでるんだよ?邪魔をするなって春風さんからは脅されてるけど、君を見てたらもうそんなの言ってられないよ。女なら誰にでも優しくしてるんだよ、あの人は。」