可愛いの最後の日 19
「端的に言えば、お金さえどうにかなれば解決するってことかな?」
それは思っていた。今の問題はお姉さんの治療費と星川の現在の生活を維持できること。俺では力になれないところではあるが、それこそ大人であればいい意見をもらえるかもしれない。お姉さんが星川に生命保険を渡すなんて考えも放棄させられるかもしれない。今の時代募金などのやり方も変わり、クラファンなんかを立ち上げれば、上手くいけばお金の問題もどうにかなる可能性は全然あると思う。
「色々と聞いて回りました。......私たちの事情を話すと大体の大人は面倒がってろくなこと何も教えませんでしたよ。生活保護とかは受けてますけど、そういうのはお姉ちゃんがやってくれてます。......私馬鹿だから一回それで騙されて痛い目見たんです。相談するのは弱い立場の人間ですから、縋る人間を騙すことなんてさぞ簡単だったと、後になって気づきました。色々勉強も頑張ったんですけど、そんな余裕なくて。......あと最も致命的なのは、お姉ちゃんの体です。」
お姉さんの病気が今年の春に判明。そこで高度な治療をすれば延命できると言っていた。それから半年がたった今、ろくに休みもせず働くお姉さんの体を、病は間違いなく蝕んでいるはずだ。確か話では星川の卒業式までもたないと聞いたが......
「もう......1年も.......生きられないかもって。この前、医者が言って......お姉ちゃん......頑張り過ぎちゃうから......」
大粒の涙が星川の頬を伝った。もう泣き叫ぶこともしなかった。
あまりにも残酷だと思った。星川が一体どんな星の元に生まれてきたのだろう。人生のほぼ全てに完膚なきまでに叩きのめされて、剰え唯一に心の拠り所さえ奪おうとするのだから。
「......ごめん、星川。」
「何が......ですか。よく分かんないですけど......もう、どうでもいい、です。」
こんなに後輩が傷ついていて、何もしない先輩では絶対にいたくない。例え瀬田さんのようにはなれなくても、俺は俺のやり方で後輩の標になりたい。泣いてる仲間いれば、助けてあげたい。
「俺の武器は他力本願だ。俺は無力だからすぐに他人に力を借りる。それはきっと2人で懸命に生きてきた星川とは対極の考え方だと思う。でもさっきノアの伝言でも言ったろ。『なんだってする』って。星川の事情を勝手に話したことと、今この会話を電話で直接仲間に連絡してる俺への罰はいくらでも受ける。......でも、あんまり先輩を舐めるなよ。」
次の瞬間扉から姫が勢いよく入ってきた。
「今ノアさんから家の関わりがある、外国でエイズの最新の研究をしている施設に入れるよう取り計らってくれました!!名目としては『治療』ではなく『研究』となってしまいますが、逆にまだ認可されていない特効薬などを受けることができます!!また宿儺君から星川さんからお金を巻き上げた連中を壊滅させ、不当に取られたお金を30倍近くにして返してもらったそうです!!生活面に関してもこれで当面は問題ないかと思います!!あと、その施設に行くための飛行機も宿儺君準備できてるそうです。何なら今にでも出立できますよ!」
姫の持つタブレットには英語で『Research on the severe immunocompromised symptoms that occur when infected with the AIDS virus and associated opportunistic infections, and prototype research to develop a specific drug(エイズウイルス感染に起因する重篤な免疫不全症状およびそれに伴う日和見感染症に関する研究および特効薬開発に向けた試作研究)』と書かれた格式張った書式のPDFと、若干血生臭い血判のついたえらい額が掛かれた書式のPDFが送られてきた。
「え?え?」と星川は困惑を隠せないでいた。俺も頼んだ身ではあったが、まさかここまでやってくれるとは思ってもいなかった。
「星川にとってはすごい難しいことを言うけどさ、『困ったら頼る』これでいいんだよ。全て背負う必要はない。今まで星川は頼る相手が悪かったり、そもそも頼むなんて選択肢になかったと思うんだけど。少なくてもこの学校には頼れる人が確かにいる。」
いつの日か、俺が小熊先輩に言われたこと。参考程度と思っていたが、覚えておいて良かった。
「で、でも「早くお姉さんに連絡してあげたら?助けるんだろ?」」
「......はい!!」
その後星川はお姉さんを連れてきた。ノアと禦王殘に深々とお礼をし、そして俺や樫野校長、姫にもお礼をしていった。俺はお姉さんの顔を思い出せなかった。向けられるものが悪意だけだと感じていたあの頃の俺を一発殴ってやりたい。『ちゃんと見ろ』と。
その夜、お姉さんは俺らと星川に見送られてこの国を発った。朝方には向こうについて、さっそく研究が進められるらしい。俺も協力してくれたみんなにお礼を言った。まさかあんな短時間であんなことまでしてくれるとは。お姉さんが乗った飛行機はあっという間に空高くまで上がり、やがて視界から消えていった。
「お姉ちゃん!!頑張ってーーー!!!」
涙が乾ききると、そこには前よりも晴れ晴れとした笑顔の後輩がいた。その笑顔は最初出会ってからどんな時よりも綺麗だった。




