可愛いの最後の日 13
『これでよかったのか?』
八島にそんなことを聞かれた。良かったも何もそれが結果だ。それに俺は勝った側になる。思うところはあるが負けるよりかはいい。
『星川に聞いた。勝ちは確信していたが負けたい気持ちもあったと。』
確かに口止めはしなかったが、べらべら話してもいい内容とは思わなかったのか。でもあれか、星川は伴走者として参加した身ではあるが、俺との勝負に4組を使ったともいえる。更に後輩という立場であれば黙秘というのも難しいか。
「勝ったとして、別にほしいものが手に入るとかそういうわけじゃないから、そういう意味では別に嬉しかないよ。八島もいった通り、白花がいるから俺らのクラスが負けることはないし。」
『生徒会を辞めたいと思っているのか?』
一切包み隠さずに話してくるな。逆に清々しさまで覚えるが。
「少なくても俺がいなくても十分に成り立っている。俺が夏休み病院にいた頃だって滞りなく進んでいた。向こうが辞めてくれ、というようであれば、身は引くつもりだよ。」
『聞いているのはお前が辞めたいと思っているのかどうかだ。御託並べてお前の気持ちを曖昧にするな。』
これだからこいつとの関わりは極力切っていたのに。人の言いにくいことを何の躊躇いもなくずかずかと聞いてくる。デリカシーがないが、それゆえ誤魔化すことがかなり難しい。少なくても俺とは合わなそうだ。
「......辞めたくはないよ。星川から聞いてるかどうか知らないけど、あそこは俺がこの学校で始めて居たいと思えた場所だからね。」
気付けば八島はどこかへ歩いて行った。俺の話にはあまり興味がなかったのだろうか。あいつに事はいまだによく分からない。さて、それじゃあこの後はいよいよ星川から俺に接触してきた理由を聞くとしますか。
そしてハロウィン当日。勿論学校でヤバい仮装なんてできないので、するにしてもカチューシャをつけたり、シールを顔に貼ったりする程度だった。仮装という概念が崩壊しているが、こちらに迷惑がなければ好きにすればいい。そんなものに生徒会はわざわざ動かない。バレンタインの時もそうだが、お菓子を配りみんなで喰らい貪る光景が眼下に広がる。
そして星川もそれに倣い、多分魔法使い?の簡単なコスプレをしてきた。星川が俺に接触してきた多分シリアスな場には本当に合ってないと思うが、星川がそれでよければ別に構わないけれど。
「トリックオアトリート!!お菓子をくれなきゃ『イ・タ・ズ・ラ』しちゃいますよぉ?」
「甘えるな、欲すれば奪え。」
「何言ってるのかよく分からないですけど、別にお菓子は期待してないので、『イタズラ』しちゃいます!!えい!!えい!!」
「イタズラの定義をよく知らないが、麻袋で視界を奪ったあと、腹に重い一撃を放ち意識を失わせるのは可愛くないし、魔法でもなんでもない物理だと思う。質量と速さの二乗。」
「......今日で可愛いも最後ですからね。」
場所は旧校舎の一角。耳を澄ませるが足音やそれ以外の音も聞こえない。時間帯として昼休みの長くない時間も含めればここに来る人はいないか。星川の様子を見るに、おふざけはもう終わりらしい。
「何を話すのかは知らないが、別に最後ってわけじゃないだろ。」
「.......最後ですよ。こうして楽しくお話することも。もう私のことを可愛いと思えることも。」
やはりここまで隠してきたということもあり、それだけ星川怜奈という存在の根幹に関わることなのだろうか。にしても星川は俺との会話を楽しく感じてくれていたのか。そう言われるとなんだか複雑だな。ここまで来て「やっぱり無理して話さなくていいよ」とは言えないが、関係が終わるほどの秘密とは一体なんだろう。
「終わってほしくないなぁ......」と小さく声が聞こえた。こんな静かな空間であればそんな小さな言葉さえ鮮明に聞こえる。
小さい頃から私はとてつもなく可愛かった。それはもうこの世の女性全員に申し訳ないほど。恐らく歴史の話であればその美貌から数多の男を誑かしたとして、極刑に処されるだろう。
「ふざけてんのか?」
「真面目に聞いてください。」
そんな小さい頃から可愛かった私は、その可愛さと引き換えなのか、それ以外の何もかもが恵まれなかった。いや、一つだけ恵まれたものがあった。綺麗で可愛いお姉ちゃんがいた。性格もよく、私と一緒に遊んでくれた。本当に欠点なんか何一つないような自慢のお姉ちゃんだった。両親はブスだった。ブスとブスから産まれた子がこんなに可愛い訳がなく、その事でよく喧嘩をしていた。私の可愛い顔のせいで。「別の男の種で孕んだガキ」と。両親は互いに接することはなく、酒と賭博に堕ち、邪魔な私とお姉ちゃんをその可愛い顔から売り物にしようとしたところを警察によって捕まった。元々近所からはかなり疎まれており、また私とお姉ちゃんが虐待から夜泣きが頻繁にあって、警察の人も常に目を光らせてくれていたからギリギリで助かった。
助かってしまった。
両親は刑務所の中で自殺したと児童養護施設にて手紙で知った。だが別にそんなことはどうでもよく、ミックスペーパーに捨てた。その施設では似たような境遇の子たちが多くいた。みんな親から虐待を受けていたり、ネグレクトだったり、人によっては駅のロッカー捨てられていた子もいた。だからこそ己を守ろうとする防衛機構が働き、他人より優れなければいけないという考えがまだ幼いながらにもあった。私とお姉ちゃんは入ってそうそうその現実を叩きつけられた。あの両親は出かけている間だけは私たちも安心して過ごすことができたが、ここではその時間が一切なかった。常時階級の上のものからの視線と言葉。休まる時間が一刻もなかった。大人たちは安すぎるお金に対して真面目に働く人なんておらず、寧ろ子供の中に支配者がいればその子に従わなければならなく、管理はしやすかった。支配者となったその男は確か17歳。私たちが何をしても到底勝てるわけがなかった。何をされても抵抗できなかった。




