可愛いの最後の日 9
2組の合唱は統一された見事なものだった。女子は鶴が、男子は兜狩が恐らく統率したのだろうか、団結力に関しては、やはりこのクラスが一つ抜きんでている印象を受ける。
他のクラスと違い、うちのクラスの現在の状況は非常によろしくない。女子はともかく、男子の集中力が全くない。斑咬が本番前の最後の練習時間に抜けたこともそうだし、一応練習には加わっているとはいえ、不和の機嫌も非常によろしくない。何もなくても舌打ちが鳴り響く。しかしそれを咎めることもできないし、そもそもあれは恐らく斑咬が完全に悪い。それを責めることはできないだろう。
大した練習はできず2組の発表も終わる。続いて3組、4組、5組と続いた。
5組の発表となり、俺たちも建物内に入った。中に入ると司会が進める以外の音がほとんど聞こえず、痛いほどの静寂を向こうに感じた。ステージ側に立ち、改めてその緊張具合に拍車がかかる。体調を崩す人もいるのだろう。改めて先ほどまで映像で見ていたクラスの人たちをすごいと思う。
その時、後ろから扉が開く音がした。
「ほんとめんどくさ......。」
参加しないと思っていた斑咬の姿に、みんなから言い表せないマイナスな視線が送られる。今や前の俺のポジションに代わっている。そしてやはりそこに口を出す人は決まっていた。
「さっきあんなこと言っておいて参加すんのか?邪魔だから帰れよ。お前だって参加したくないんだろ?」
少し時間を置いたがその怒りは覚めることはなく、けれど冷静に努めて話しかけていた。
「練習させられて本番は出なくていいなんておかしいだろ。今更帰ることもできないんだ。どうせなら一緒にお歌でも歌ってやるよ。」
この言葉にみんなの嫌悪感が一気に増した。そしてそれは不和も同じで先ほどのように胸倉を掴もうとする。けれど今度は梶山がそれを止める。
「......なんで止めるんだよ。ここまでかけてきた時間が多い、俺以上にお前の方がむかついてんだろ。」
「否定はしないよ。でもこの合唱祭は原則全員参加、参加したいという彼の意見は否定できない。ただ僕は、これ以上よれた制服で出るのはマイナスの印象しか与えないと思うだけだ。」
『彼』という言葉やただ制服が乱れることを危惧して止めたことに関して、それを察することができない不和ではなかった。あくまで梶山が庇うのであれば別の手段に出たかもしれないが、そうではなくあくまでこれ以上状況を悪くしたくない気持ちを優先した。それは流石梶山としか言いようがなかった。それに応えるように梶山の想いを感じた人からため息と共に気持ちを切り替えていった。
そして6組の番となり、皆が整列をし始めた。にしてもこうやって並ぶと改めて一人異質な人がいるんだよな。
『遠近法?』
口にすらしていないはずなのに、なぜか鴛海に睨まれた。でも多分俺以外にもみんな思ってると思うぞ。しかしあそこまで身長が低いと実際気にするんだろうか。男子で身長が低いことを気にする人はいるし、「170ない男子は人権ない」とまで言われる世の中だ。世知辛いことこの上ない。少なくても俺は身長が低くても人権ないとまでは思わないが。女子は身長が低いことの方がメリットもある気がするが。
こんなことを思いつつ、何とか緊張しないようにしてみたがあんまり効果はなかった。さっきからマジで膝が笑っている。にしても自分の体なのに全然言うこと聞かないな。やべー。
『以上6組の皆さんの発表でした。』
アナウンスが終わると反対側に向かって6組が退場していく。全員が退場したら、ついに俺たちが光当たるステージに立つことになる。
「さて.......それじゃあみんな、がんばろっか!できるなら優勝したいけど、まずは後悔のないように全力で歌おう!」
「「「おーー!」」」
白花の掛け声に小さく元気にみんなで声を上げる。先ほどの空気はどうやら払拭できたようだった。端っこにいる斑咬は勿論その輪には入らない。という俺も入ってはいないが。そういう空気はどうしても苦手だ。
「これで満足か?」
俺には話しかけるなって言ってたのに。こいつはそんな約束一つ守れないのか。それでいて向上心もないからいろんな人に見捨てられんだろ。
俺は斑咬の言葉に反応せず配列についた。後ろからは舌打ちの音がした。
『続いては7組の皆さんの発表です。』
大きな拍手とともに先頭から歩き始める。俺も後ろに続くがステージ袖を出た瞬間、一気に吐き気を催した。多分俺以外にも緊張に弱い人などは同じようなものを体感しているだろう。何とか指定の場所までたどり着いたが、思った通り足が初期微動を始めた。この先いつS波が来て大震災になるかわからない。俺直下型大地震とか意味わかんないことが起きないようにしなければ。
そしてこの場で唯一全く緊張をしていない人が一番後ろから来た。それはそうか、別にここにいる人間はお金を払ってきているわけじゃない。その分期待に応えたりサービスをする必要もなければ、収容人数も箱の大きさも全国に比べれば全然小さい。尚且つここは厳粛の場、変なアドリブで無理に笑いを取る必要も、指揮者なので歌う必要すらない。今思うことはこんな感じか、『なんて楽な仕事だろう』。
「本日は皆さま大変ご多忙の中、本学校の合唱祭にお越しいただき、誠にありがとうございます。私ども2年7組は他のクラスよりもちょっとだけ揉めたこともあり、最初はばらばらでした。」
何をどう見てもちょっとというレベルではなく、俺らのクラス、他クラスでもだいぶ笑いが生まれた。
「でも逆にそういった困難が私たちの絆をより強くしてくれたんだと、そう思います。困難として立ちはだかった大きな壁は、乗り越えれば自分たちを守る大きな盾に、自分たちの成してきた偉業の証明に、自分たちの歩んできた足跡に。......残りは全て、歌に込めてました。聞いてください。『蒼天』」




