忍び寄る影
その後の流れはこちらが有利な状況のまま試合が終わった。結果は45対31。点差に余裕はあれど気持ちに余裕は全くなかった。それほどなまでに最後の覇気は凄かった。
とはいえとりあえず勝った。そして俺のささやかなる復讐もできた。万々歳。この調子で最後の鬼ごっこも勝っていきたい。
バスケの試合で活躍できたおかげか、みんなからの冷たい目線は心做しか減った気がする。まぁだからなんだという話だがそのおかげで今日なんと見ず知らずの人から話しかけられた。
「君が狐神君だよね。ちょっといいかな?」
「はぁ。」
ここで体育館裏とか旧校舎とかだったら「やっぱり」と思ってしまうが、場所は食堂だった。しかもご飯は奢ってくれるという高待遇。これが女子なら警戒を強めるが男子なら平気かな。
「……それでどちら様ですか?」
奢ってくれるとは言ったがそんなのにホイホイ乗るほど俺も馬鹿ではない。生しらす丼とか最早学食のレベルを超えたメニューもすごく美味しそうだったが俺もそこまで馬鹿ではない。しかも今なら大盛り無料だが俺もそこまで馬鹿ではない。
「2年の大鵠だ。名前を瀬田さんから聞いてはいないかな?」
瀬田会長からは2年の名前など聞いたこともないので首を傾げる。その動作でわかってくれたらしく、ハハッと笑う。友人だろうか?
「いや、聞いてないなら構わない。明日の鬼ごっこなんだけどね。君の相手は俺が務めることになったんだ。だから良かったらその事を瀬田さんに伝えておいて欲しいんだ。」
まぁそのくらいなら全然構わないが、伝えたところで別に何も変わらないと思うが。というか、俺はこの人とやり合うのか。ルールは確か1対1の個人戦だったはずだし。でも見た感じいい体をしている訳ではなさそう。極めて普通という感じ。
特にそれ以上は話すこともなかったので失礼した。にしても俺が出るということも言ってないのに、それに俺と戦うなんて意図的にできることなのだろうか。まぁ瀬田会長の友人とかならできるのか?
放課後一応大鵠という人の事を話そうと思い生徒会室で瀬田会長を待っていたが、ついに会長が来ることはなかった。後で聞いたことだが瀬田会長と春風さんは誰かと会う用事があったそう。結局伝えたところで何か変わるとは思わないし、どうせ明日なのだからと思いメールなどでも特に伝えなかった。
そして当日。先手は禦王殘から始まる。場所は体育館の一角。てきとうなマットや跳び箱、平均台などを散らせて置いた簡易的なもの。スペースはあまり広くない。この中を2人が駆け回り、鬼が触ったら交代という仕組み。3分触れなかったら強制交代。捕まえるまでの時間を合計して、時間が少ない方の勝ちとなる。交代は攻防2回の計4回勝負。
互いの準備が終わり、タイマーがスタートし競技が始まった。一気に駆け出す2人。ごちゃごちゃしたフィールドで縦横無尽に駆け回る。その実力はほぼ拮抗していると見える。禦王殘は単純な速さや機動性なら勝ってるだろうが、向こうは障害を対処する事がとても上手い。けれどスペースが狭い分、どうしても1分するかしないかという短い時間で終わってしまう。一応禦王殘が若干優勢だがタイムにほとんど差はない。ここで勝たなくては次は俺が勝たなくてはいけない。正直俺が勝つ可能性なんて禦王殘のに比べればずっと低い。そのくらいは自明の理だ。しかし禦王殘の顔には焦りは見えなかった。
そして3回目には予想だにしていないほど明らかな差が出てきた。簡単な問題、確かに禦王殘は相手が上手く動くので体力はその分削られるものの、これだけ動けば嫌でも効率的な動きを覚えるとのこと。前半色んなところを回って確かめていたと瀬田会長は言っているが正直よく分からなかった。けれど確かに相手が禦王殘の事を寸前で捉えきれずに四苦八苦している。
「段々相手も禦王殘が慣れてきたことに気付いてきただろう。だから焦り動きが単調になる。それを利用して禦王殘は敢えてギリギリで躱す。『あとちょっと』をずっと維持させてるだろうな。」
「何のためですか?もし禦王殘に余裕があるのなら全力で逃げに徹するべきだと思うんですけど。」
会長が溜息をつきながら禦王殘をボーっと見る。
「俺もそう思うんだけどな、『戦意のない奴とやる試合程つまらないものはない』だってさ。もしかしたらあいつはまだ本気なんて出したことないのかもな。」
よくある最強キャラみたいなセリフだな。「いいね、じゃあ俺も本気を出すとするか。精々楽しませろよ。」みたいな。それで結局本物のラスボスにやられるやつな。
結局3回目は3分間禦王殘が逃げ切り勝利。この時点で禦王殘の勝利が確定した。そのため4回目は行われず、俺の番となる。試合の開始までは少し時間があるのでその間に軽く体を動かしておく。
「頑張ってね、ここで勝てればきっと名誉挽回に大きな1歩だ。バスケの時と相まってかなりのヘイトを減らせると思うよ。」
屈伸をし始めた時、春風さんにそう言われた。
「そういえば狐神君誰と戦うんだろうね。禦王殘と戦った人が部員だったから部員ではないだろうけど、間違いなくそこらへんにいる人より強いから気を付けないとね。」
「あ、なんか大鵠って人らしいですよ。昨日少し話をしました。お友達ですか?」