可愛いの最後の日 6
とはいってもうちの練度が著しく低いことは不味い事態。バスは下から支える重要なパート。みんなにはまずパート別に録音した音声を聞いてもらった。ソプラノ、アルト、テノール。どれも上手いというかは微妙だが必死に歌おうとしている感が十分に伝わり、また比較的安定もしている。まだ練習不足は否めないが本番まで時間がある。
そしてバス。
「卒園式の合唱?」
「国民保護サイレンに使える。」
「ダークウェブ音源?」
「まだ合成音声の方がまし。」
「音楽を愚弄してる。」
感想は様々だが総じて酷い。やる気の感じなさ、だらだらと取り合えず歌っている感、合っていない音程とリズム、楽譜記号を一切無視した最早歌とも言い難い言葉、音越しでも伝わる死んだ顔の数々、全くの迫力のない声、いつまでもずるずると引きずるような切れの悪さ、何を言っているのかよく分からないくぐもった音。傍から聞いていたクラスの人や学校の先生がどれだけ優しかったのかよく分かった。多分メンツが少し取っつきづらいというのもあるだろうが、それでも相川や鏡石は突っ込んできてもおかしくなかった。それすらなかったということは、最早それは怒りを超えた哀れみだろう。
「これは流石に練習しねぇとだめだな。」
不和もそうだが今の高校生などの生活に音楽や歌は欠かせないものとなっている。携帯の所持が当たり前となり、毎日どこかしらで必ずと言っていいほど聞く。学生の身であっても動画投稿などからプロになる人だっていると聞く。感受性に関していえばみんなそれなりのものは持っている。そしてこの自分たちの曲だ。だるいならサボればいいと考えていた人もいたが、サボってもこの気持ち悪い自分の吐き出す音がなくなるわけではない。サボる、という人はおらず、その日からみんなが結構真面目に練習を開始した。
パートリーダー会議。
「にしてもバスの人ら頑張ってんじゃん!ご飯のくちゃくちゃ音させながら吃った何言ってのか分からん声隣で聞かされたときはリアルにゲロ散らかしたけど、今は普通にキモイ音って感じ!いやぁ人類の進化みを感じたね。」
「鏡石さん、もうちょっと言い方考えよっか。でもいいアイディアだね、自分たちの声を録音して聞いてみるのは。省みるのにとても効果的だと思うよ。」
この方法は俺も白花に教えてもらったんだけどな。しかも教えてもらったというよりかは、半分懇願みたいな感じだった。白花には珍しく鬼気迫るものを感じた。白花も仕事で音楽関係に身を置いている。プロとしてあれは見過ごせなかったんだろう。
「あはは、でもソプラノもみんな『あんなものの隣で歌って意識がもたない』って言ってたけど、とりあえず全員生きて合唱祭を終えられそうでよかったです、はい。」
永嶺率いるソプラノも相当な被害を受けていたようだ。本当にこの段階で改善できたのは僥倖だな。しかし現状、耐え難い生理的拒絶反応による生命維持防衛機構が発動するレベルから下っ手くそレベルに上がった段階。優勝なんて夢のまた夢、みんなに迷惑を掛けない程度が限界だろう。自分らの不甲斐なさには気づけた。そしてその原因も各々対応中、後はそれを時間をかけて改善していくことで上達はしていくが、何分その時間がない。密度を濃くすることで練習効率は上げられるが、そこまで熱量を上げてやる気を失う一線は超えたくない。......難しいな、これが子どもに教鞭を執る先生の考え方か。
......まぁ俺としては4組にさえ勝てればいいだけであるから、最悪4組が出れないような事態に追い込めばいいだけ。手段なんていくらでもある。直接で出場できなくすることもできるけど、どうせならもっと友情に亀裂を入れるように......だめだ、変な考えが頭を過ぎる。
「......大丈夫、狐神君?」
「すまん、永嶺。大丈夫だから。にしてもどうしたものか。合唱祭まではあと4日。たったその期間で飛躍的に上達する方法があればいいんだが。」
「難しいよねー、私たちも別に上手いわけじゃないからさ。でも珍しいよね、狐神君がそんなにやる気なの。なんか事情がある感じ?というかないわけないか。」
事情がないと俺はやる気を出さないキャラなのか。実際間違ってはいないが、俺の事情を言って負けた際に責任は感じてほしくない。そんなに重いイベントにはしたくはないかな。あくまで俺と星川が今回のイベントを利用しただけ。そこに他人を巻き込むのは違うか。
「生徒会のメンバーとしてイベントにも積極的に参加するようにって。後輩も見ているからね。」
頭の先から音を出すイメージ。『ま』の発声を意識する。手拍子やメトロノームも入れてリズムをより意識する。お腹に手を添えて呼吸を意識。母音を意識してはっきりと。音楽記号を意識して、最初は大袈裟なほどやってみる。歌詞を確実に覚える。自分の歌を録音して聞く。立つ姿勢を足の指先まで意識して。
「あぁ!!もう嫌だ!!やってられねぇ!!高校生にもなってこんなに必死になって馬鹿だろ!!」
ぶちぎれるとしたら不和かと思ったが、バスの集まっているところではない。やがてテノールの集団から一人出てきた。声の正体はどうやら斑咬らしく、激しく憤りを感じていた。俺らバスが聞くに堪えない合唱に安堵して、けれどそこから本格的に練習をしてサボっていた斑咬が露見したのだろう。パートリーダーの梶山も必死に諭すがまるで聞く耳を持たない。言うまでもなく斑咬の今の立場は下の下。クラスカースト最下位と言っても過言ではない。事実梶山も止めようとしたがそれはあくまで八方美人である梶山だからであって、他の誰も止める様子はなかった。
「無理に引き留めたところで邪魔になるだけだろう......おい、狐神、まさか呼び戻すつもりか。」
俺が斑咬の行く方へ歩き出すのを遮るように、同じパートの坂上が止めに入る。学級委員といえども切り捨てる選択は必要だと思う。
「まさか、呼び戻すつもりはないし、またここに戻ってきても同じことを繰り返すだけだろ。だから文句だけ言いに行くだけ。みんなと練習しておいてもらええると助かる。」




