可愛いの最後の日 5
八島とは一応同じリーダーになるので、星川の顔つなぎをしようと思ったが、それは断られた。「相手の心配ですかぁ?余裕な先輩も嫌いなじゃないですけど~、手を抜かないでほしいかなぁって思います。」と星川直々に言われた。確かに長い目で見れば、星川がクラスに上手く馴染めないほうが俺が勝ちやすくなるもんな。確かにそれは相手を見下しているとも言えなくもないのだろうか。
「じゃあ4組の人には『半色の可愛さを持っていて、その姿を遠目から見た時には、ついハッブルの法則に従ってしまうような子』って紹介しておくよ。」
「......?よく分かんないですけど、それで伝わる人いるんです?」
一般相対性理論を礎とする膨張宇宙モデルの観測方法と、平安時代の格式である延喜式を知ってる人ならきっと笑ってくれるかと。
しかし4組の団結力というのはいったいどうなんだろうか。あんまり体育祭とか林間学校とかでも、そんなにみんながみんな仲いい感じではないと思うけれど。それに星川がそれをじゃあ取り纏められるか、と言われれば多分それはないと思う。ノアとか禦王殘とかみたいな人なら多分行けるんだろうけど、そこまでのものは星川に感じたことはない。とはいえ、相手の弱さに甘んじて、こちらが努力を怠るなんてことはしない。そのため俺は俺で合唱祭を頑張らなければ。勝手に巻き込んだ4組には申し訳ないが叩き潰すつもりで行こう。
じゃあ俺が声を掛けてみんなのやる気が上がるかという話。前の定期テストでもそうだったけれどそれはないと断言できる。今回報酬をチラつかえてもあんまり意味がないだろう。報酬がしょぼいということも勿論あるけれど、報酬を提示した本懐として、『みんなが積極的に学校行事に参加するようになる』というものがある。そしてそれは既に達成させられていると思う。昨対比と比べてみても体育祭の参加率や定期テストの点数は向上していると言えた。これはノアの功績が大きいと言えるだろう。うちのクラスでも面倒と感じる生徒もいるが、今は頑張りたいという生徒の方が大きい。そしてその面倒と感じている生徒の大半は俺の属するバスパート。そうなれば俺がやらなければならないことも見えてくる。
「はい、というわけで、現状俺らバスパートが他に比べて圧倒的に下手なので、練習日程を増やそうと思います。」
これには「ざけんな」と不満の声が全員から上がる。俺だって逆の立場ならめんどくさいの一辺倒だろうな。でも俺だってノアの傍で長い間仕事している。なんとなくの交渉ならできるようになった。
「だが確実に俺らがみんなの足を引っ張っているのは事実だろう?音楽の先生に見てもらった時だって、それは指摘されただろ。あそこまで言葉に詰まる先生もなかなか見ないが。他のパートからも白い目で見られたよな。俺らは良くも悪くも3年間同じクラスに通う。ここで亀裂を生むと、最悪あと1年半近く修繕できない。」
ここで客観的事実を述べていく。そしてこれは事実そのものであるので否定も何もない。そのことでまずは事実の認知をしていく。そしてここで折衷案、に見せかけ最初から狙っていた提案をしていく。
「てなわけで練習日程、はまぁ一回おいておいて、練習時間を少しだけ増やそうと思う。前後1時間とか。あとはある意味普通だが練習は真面目にやるとかかな。」
バスのパートリーダーは決まっていなかったため俺がなった。しかし今回は逆にそれは都合が良かった。立場がある以上何か意見することは何も間違っていない。無理のない提案。数字は極力数字の小さいものを使う。60分と1時間という表記では、心理学的に数字の大きい60分の方が長く感じるとかなんとか。さて、これに対してどう反対意見が出たものかな。
特に反対意見は出なかった。しかしこれは事前に対応しておいてよかった。反対意見として、まず仁紫が出ると思った。理由は単純、その時間があればバイトなどに入りたいだろう。勿論それを止めるつもりは全くない。事情が事情だ。しかし問題はその後、一人が許されれば俺も俺もと後が続く。勿論その理由なんて大したものじゃないだろう。だから重要なのは最初の1人を生まないこと。みんな仁紫の事情は知っている。『仁紫が手を上げないのに、ここで俺がしょうもない理由で手を上げることは流石にできない』まともな人間であればそういった考えにたどり着く。つまり仁紫さえ押さえてしまえばこの提案はさして難しくない。仁紫にはこの話し合いが始まる前に概要を話して「もし時間が空いたら参加してほしい」と伝えてある。そもそも仁紫はイベントに積極的に参加してくれている組だから、そこのことを心配はしていないが。
「あぁ、勿論。......すまないな、出来たら俺も可能な限り練習とかにも参加したいんだけどな。」
きっと諸事情により学校生活を十分に満喫できないからこそ、一つ一つイベントとかも誰よりも楽しみたいと思っている。だからこその『すまない』だろう。別に仁紫が謝ることなど一つもないと思うが。
そんなわけで誘導には成功した。




