太陽の影 2
とはいえあいつの好みとか知らんし、別に何をあげても喜ぶとは思う。しかしそれ以上その話については言及はされなかった。他の人たちの様子を見るに、まだまだ時間は掛かりそうだった。立ち話もあれなので、適当に校舎を見て回りながら会話を進めた。
「太陽君から前にお呼ばれされました。牟田さんと一緒に。」
先ほどの表情は既にそこにはなく、困り、悲しみ、自分の無力さに打ちひしがれているようなか弱い少女のような人がそこにはいた。それだけで何について話そうとしているのかは容易に想像できた。......話の内容からして、冗談は言ってられないか。
「......聞かされたのか、太陽の両親について。」
コクン、と一つ首を傾げた。まぁ、実際難しいよな。俺だって未だに具体的な解決案なんてわかんない状態でここまで来てるんだから。ただそんなこと気にせずに接しているだけ。実際答えなんて太陽は求めて何かいないんだろうけどな。でも、そうか、話したのか。夏休み、体育祭、少しずつ前に進み始めてはいたが、今回更に足を進められたのか。
親友の成長に少し嬉しい気持ちはあるが、その感情とは別に今太陽の元へ行きたいと思った。
小学生からの付き合いがある太陽との仲はもう言わなくても伝わっていると思う。それは親友と呼べるくらいには。でも少なくてもそれは俺の一方通行であって、少なくてもあの時の太陽はそうではなかったと思う。
特に何気にない日常だったと思う。帰り道たまたま向こうが帰る相手がいなかったため、一緒に帰っていた気がする。そんな時、一人の女性から声を掛けられた。
「太陽さん。」
少なくてもそれが息子を呼ぶ声だとは思わなかった。いや、息子の呼び方などは家庭によって違うから何とも言えないが、でも少なくても俺からすると違和感がすごかった。まるで他人みたいとさえ思った。これから買い物に行くと話していたが、その時は敬語で話していた。そしてそれに笑顔で答える太陽。子供の頃はある意味純粋というか、マナーがなっていないというか、その母親が遠ざかっていくのを確認すると太陽に声を掛けた。
「太陽のお母さんて太陽のこと『さん』づけなの?」
「あぁ......まぁそうだな。」
恐れ知らず。
「なんでそんな堅苦しいの?」
「別に、そういう家もあるだろ。」
「ほぉん。」
太陽は色んな人と仲がいい。多分それは年齢にそぐわず大人な考え方を持っているからだと今なら思う。我儘を言わなかったり、人の気持ちを汲むのが上手かったり。社交術や処世術なんて大したものではないけれど。それがどのように身について行ったのかもろくに考えず。
それでも気にはなった。大人ならもっと詳しく分かるかなと思った。
「ねぇ、母さん。自分の息子を『さん』呼びしたり、敬語で話すのって変じゃない?」
俺はあまり深い答えとかを期待したわけじゃないけど、母さんは直ぐに答えることはしなかった。そして色々考えた後に話し始めた。
「別に変じゃないと思うけれど。そうね、そもそも敬語ってなんだったっけ?」
「確か、相手がすごいと思った時に使うやつ?」
「う、うん?まぁ......そうね、相手のことを尊敬しているときに使う言葉よね。それを自分の家族に使うのって変かしら?」
そっか、別にそれは変でもないか。俺も父さんとか母さんとかはすごいと思ってるし。......でも父さんとか母さんに敬語で話しはしないが。
「彼方にとって話し方ってそんなに重要なの?」
「え、いや別に。」
「じゃあそれでいいんじゃない?」
「ほぉん。」
確かにそれはそうか。俺も別にそんな気になったことでもないし、だから何って話だし。
翌日、太陽が学校を休んだ。少なくても俺が知っている限り太陽が休むなんてことはなかったから、不謹慎だがなんかテンションが上がった。先生はプリントを渡す生徒を探していたため、冷やかしにでも行ってやろうと思い、その仕事を引き受けた。
しかし一瞬脳裏に昨日の女性の顔が浮かぶ。あれは多分俺の苦手なタイプの人だ。明確な根拠なんてないけれど、直感的にそう感じた。仕事を引き受けた後にそれだけ感じた。
しかし引き受けた仕事を投げてはよくない。太陽の家は知っているので、そこまでは何の問題もなく着いた。インターホンを鳴らそうとしたが、そこで手が止まってしまった。太陽は今体調不良で恐らく寝てたりすると思う。そうなると多分出てくるのは家族の誰か。兄弟とかはいないと聞いていたから、もし出るならお父さんかお母さんだろう。......いや、別にプリント渡すだけだろ。
『ピンポーン』
中でインターホンが木霊する。その時間が異様に長いような気がした。誰かの足音が近づいて来た。やがて靴を履く音がして鍵が開く音がした。
「はい、あら、彼方くん......だったかしら。」
「あ、はい。あの、太陽君にプリントをお渡ししようと思いまして。」
なんだろうなんだろう、なんか、なんかわかんないけど、この人、やっぱり嫌だ。
そんな気持ちを何とか出さないようにしたのは何かしらの防衛本能なのだろうか。当時の俺には全然わからなかった。
「そうなのね、どうもありがとう。わざわざ足を運んでくれたのだもの、もしよかったら上がって行って?」
「あっはい。ありがとうございます。」
予想していなかった言葉に、昔からの癖で反射的に答えてしまった。




