天明大火 17
「お前の付き添いのナイトたちはどこに行ったんだ?」
「......」
流石にそんな空気ではないか。誰も励ます人がいないということは、こいつも一人でここに来たということか。今頃グループは2人も抜けて慌てふためいているだろうな。そして今めちゃくちゃ号泣している五十嵐を連れて帰ったら榊原と宇野からは殺されそうだな。また俺の冤罪が増えてしまう。......もしやこれが予告上にあった更なる犠牲とか?流石にないか。
「ほんと......バカみたい。」
「バカみたいじゃなくてバカだろ。」
殴られた。結構普通に痛かった。
「というかお前俺の鞄に盗聴器つけてただろ。多分俺が深月と話してるときに。こういうところだぞ。」
「うるさい。......でも平気なの?あなた、あの人と喧嘩したんじゃないの?」
「問題ない。俺のウルトラパンチで一発KOだ。」
「ウル......」
何にツボったのか、今まで見たことない顔で笑っていた。呼吸ができなくなりそうなほどに。その顔は涙でぐしゃぐしゃだったが、そんな顔もできるのかと思うほど晴れやかだった。なんでこいつとこんな風にしているんだろう。でもこの笑顔ならきっともう大丈夫だろう。
しばらく笑っていたが、やがて笑い疲れたらしく、大きく息を吸い込んで吐き出していた。
「吹っ切れたか?」
「えぇ、綺麗さっぱり。自分でもなんであんなにあんな人間に執着していたのかわからないくらいに。」
また大きく深呼吸をすると、勢いよく立ち上がった。俺もそれに倣って腰を上げる。さて、さっきから鳴って止まない携帯を止めるとしますか。
しかし携帯の画面を開こうとすると、横から手が伸び俺の携帯の電源を勝手にオフにする。
「なんで?」
「......まぁ、あれよ。色々迷惑をかけてしまったから、何かお礼するわ。さすがにみんなの前だと恥ずかしいから、できたら二人きりだと助かるのだけれど。」
「別にお礼なんていらないが、何か奢ってくれるのであれば肖るとしよう、と言いたいところだが、流石に宇野と榊原に殺されたくはないんだよな。」
「あの二人には私から言っておくわ。正直相手をするのもいい加減疲れてきてたの。あなたならその辺り何も気にしなくてもいいでしょう?」
「お気の召すままに。」
なんとなく五十嵐の気持ちもわかるな。常に2人からアプローチされ続ける旅行というのもそれは疲れると思う。修学旅行はみんなに楽しむ権利はあるだろうし。さすがに今の五十嵐の精神はだいぶ摩耗していることは俺でもわかる。であれば些細なこいつの願いくらい叶えてやるか。
「したら宇治抹茶の美味しいアイスクリーム屋にでも行くか。」
「あら、いいチョイスできるのね。」
「普通にスイーツとかは好きだからな。まぁ一緒に行くのが俺なんかでそこはご容赦いただきたいが。」
「別にそんなことないでしょ。それに何度も言ってるつもりだけれど......」
少しだけ俺の先を行き、こちらを振り返り笑って見せた。その顔はもうさっきのような萎れた姿ではなく、空に届かんと伸びる、凛とした、華のようだった。
「あなたは自分が思ってるよりももっとすごい人よ。」
俺らだけ旅行を楽しみ、みんなには俺たちを探させるなんてことはさすがにできないので、五十嵐の方から榊原と宇野に連絡してもらい、別行動で動いてもらうようにお願いした。勿論二人の答えはNO。だが「私は純粋に観光をしたいのだけれど、あなたたちが邪魔してくるのよ。それとも私の感情なんて何にも考えてくれないの?」という言葉に敢え無く撃沈した。また式之宮先生も別行動に関しては反対だったが、俺たちの気持ちも汲んでくれて「2人とも揃って必ず無事に帰ってくること。」を約束して許可が出た。俺は今日死ぬのか?
「実際どうなん?あの二人。いい感じ?」
「悪いけれど恋愛の対象には今のところ見れないわね。」
お店は時間が少し外れていたこともあってか、すんなり入ることができた。店員さんからは痛々しいまでビビッドが効いたカップルメニューを机のど真ん中に置かれたが、俺はそんなものより宇治抹茶のケーキを食べたかったのでどかした。
「それは残念だな。実際でも五十嵐の好みってどんなんなんだろうな。あれを好きになるくらいだからな......ダメダメな人間とか?いやでもそれなら筆頭の俺を好きになっていないとおかしいはず。」
「......まぁ、あなたのことは今回の件で評価を改めようと感じたわ。好きなタイプ、ね。今までは求めてくれる人を好きになったきらいはあったかしら。今はもう違うけれど。」
恋は人を進歩させるというけれど、こいつの進化は目覚ましいな。変な方向にだけ行かなければいいが。
玉露が届いた。以前禦王殘と文化祭の注意喚起の際にももらったが、流石はお店で出しているものだけあって香りが素晴らしかった。きっと甘いものを食べた後には本当に持ってこいみたいな感じだろうな。
「まさか五十嵐とこうして恋バナみたいなことをする日が来るなんてな。生まれ変わった今の五十嵐の好きなタイプは?」
「それは私も同感。暴行事件の際はあんなにも対立していたのに、本当に面白いわね。私の今の好きなタイプ?」
今の五十嵐の好きなタイプを持ち帰れば、あの2人からも執行猶予くらいはつくだろう。そこから先は流れに任せるとしますか。
店員さんが運んできてくれたティラミスを口に頬張る。その感触はとてもふわふわしており、鼻に通る香りは新緑を思わせるような爽快感だった。これが京都の抹茶の香ばしさよ。
「そうね、イケメンよりかはそうじゃない男性かしら。」
「?ブサメン好きってこと?なんでまた。」
「そうね、イケメンなんかは別に振られてもすぐに別の女作る分、逆にイケメンじゃなければ大切にしてくれそうじゃない。」
成程、それは納得。確かに言い方はあれだが生物学的に言うのであれば交配機会が少ない生物は確実に子孫を残すためコストをかけるともいうし。哺乳類は魚類などよりもずっと育成コストを掛ける生き物だからある意味当然。つまりブサイクこそ哺乳類らしいとも考えることができる。
「でもなんで『ブサイク』じゃなくて『イケメンじゃない人』っていうんだ?回りくどい。」
何か言ってはいけないことを言ってしまったのだろうか、苦いような顔をしてこちらを見る。
「私も言葉は選ぶわよ。でもそうね......周りの人間も本人も、『ブサイク』というけれど、私はそう思わないからかしら。」
「ほーん。」
なんだかまるで具体的な人がいるみたいだな。ついさっきまで泣きじゃくるくらい好きな人がいたとは思えないくらいの掌の回転なのは気になるが、逆にこいつが恋していないくらいなのが違和感があるか。
「精々そのイケメンじゃない君に頑張って食らいつくんだな。」
「......覚悟しておきなさいよ。」
なんで俺が覚悟決めなきゃいけないんだよ。




