下らない暇つぶし 10
高く上がったボールを禦王殘が弾くと春風さんが受け取り素早く切り込んでいく。そして相手を上手く引き付けて捕まる寸前でノアにパス。ノアのガードはまんまと春風さんについてしまっていたので落ち着いた動作で早速スリーを決めていく。
バスケや他のスポーツに於いて流れを掴むことはとても重要だ。相手によってはこれで焦りを誘えることもあるが相手もさすがは全国クラスのバスケ部員がいるだけはある。決してこの速攻に慌てずにバスケ部員が冷静に指示を出している。見た感じ1人がPGでもう一人がPFだろうか。けれど資料で見た限りどちらも一軍ではない。というか注視するほどでもない人だった気がする。それはこちらとしては構わないどころか嬉しい限りではあるのだが......。
パスコースに見事に入った瀬田会長がボールを奪うと「やっちゃえ」と声と共に禦王殘にボールを渡す。無言で頷くとゴール前で踏み込み、リングにボールを叩きつけた。これには会場も沸き向こうのチームからも動揺が見られる。確かに禦王殘の身体能力ならこのくらい予想はつくが生で見るとやはり迫力が違うな。
けれどこんなのではまだ足りない。
「すみません、俺から一つお願い事をしてもいいですか?」
試合が始まる少し前、俺はそうみんなに口を開いた。
「この試合、当然勝つことを目指します。でも俺個人の欲望もあるんですが。」
「......欲望?」
俺は相手チームのベンチでくつろぐ男を見る。名前は覚えてない、けれど顔は絶対に忘れない。一軍メンバーで俺と同じSFを担っている。
「あの男を俺が潰してもいいですか?」
「そらーもし勝つんだったら相手も最高戦力を出しに来るだろうからあいつも来るかもだが、お前あいつとなんか関わりあるのか?」
「いえ、直接的には全くないです。......それにみなさんが気にするほどでもない些細な理由です。」
「へー。でもどうせポジションとして戦うのはお前だろ。好きにしろ。しかしこう啖呵切ったんだからやっぱなしですはなしだからな。」
そんなわけでこっちは最初からフルスロットル。速攻で一軍メンバー出させてあの男も引きずり出してやる。相手は個人的見ればバスケ部は勿論、他の3人も高いスペックを持っている。けれどやはりチームとしての連携は上手くなくそこが大いに弱点となる。守りはゾーンで固め、攻めは基本パス回しを多くとることで点差をつけていく。
そして点差は徐々にだが着実に離れていった。第一クォーター頃には28対10とかなりいい感じ。とは言ってもこのくらいとらないと一軍メンバー相手には勝負にもならないだろう。相手を見るとどうやらメンバーチェンジをするようだった。こちらはまだみんな体力も残っているが念の為、ノアと鶴を入れ替えた。
そして始まった第二クォーター。向こうは一軍を一人入れてきたがもう一人は確か二軍レベルの人だった。PFの禦王殘と同じ位置で一気に内側が強くなった。とは言えやはりチームの連携は未だ良いものとは言えず、そこを突けば得点は普通に取れた。禦王殘も普通に張り合えているのでまだ点差は開いていく。
ここまでくれば普通に考えれば思いつくようなことだった。全国クラスのバスケ部が碌な練習もしてきてない俺らの宣戦布告に対し苛立ちやそれに近い感情を持っても何らおかしくはない。そしてもし負けようものならほぼ全校生徒に晒されるのだ。堪ったものじゃない。さらにその中にもし俺みたいな大して何もやってない、嫌われ者の俺が混じっていればどうするか。そんなことわかりきっている。
春風さんのスリーが僅かにズレてリングに当たる。そしてそのリバウンドを取るべく俺も精一杯手を伸ばす。しかしこんな俺の身長とジャンプ力では全く届かず相手のPFに取られる。
「うぜえんだよ、特にお前みたいなやつ。」
急にこちらを振り向きそんなことを言った。背中を俺に押し付けそのままこちらに落ちてくる。こちらもジャンプをしてしまっているため抵抗なんてできない。そのまま男はこちらに落ちてくる。最後に見た男の目は殺意に満ちていた。やがて形だけ着地するも男に押し倒され、目の前に男の肘が勢いよく向かってくるところで意識を失った。
「私、大きくなったら絶対彼方君に会いに行くから!!絶対忘れちゃいやだからね!!」
俺はこの言葉になんて返しただろうか。……なんか今思えば恥ずかしいようなことした気がする。あれは思い出したくもない。とても虚しい気持ちになるから。しかし今にして思えばあれが俺にとって彼女との最後の時間だったな。もう二度とあの子とは会えないとわかっていたら、俺はあの時何をしていたんだろうか。そんな事を今更思い返しても何もならないのはわかってはいても考えてしまう。……でもきっとこの結末は変わらなかっただろう。