天明大火 9
俺が風呂に向かうと何人かの男子から白花への告白について聞いてきた。とはいえ勿論その全部がどう振られたのかだった。「一言だけ『ごめん』だった」とだけ言ったが、結局負け惜しみと笑いのネタにされた。逆にそれ以上言及されることがなかったので、こちらもそれ以上何も言わなかった。
お風呂の時間がだいぶ過ぎてしまっていたので、急いで浴場に向かった。お風呂でゆっくりしたい気持ちもあるが、どうしても知り合いが多い場所では何となくゆっくりしたくない。男子とは言えども裸は見られたくないという人は結構数いるとは思う。最初に掛け湯をしてざっと汚れを落として、その後に直ぐ頭と体を洗った。
その後色んな運動部男子に声を掛けて、大腿筋や大胸筋などをなぞらえる梶山を見て、逃げるようにお風呂から出た。危なかった、次は俺が声を掛けられる番だった。ずるいだろ、体洗って動けない時を狙って狩りを行うなんて。
若干体は温まりきっていないため、もう少し入っていたかったななんて思いつつ、ベランダに出てみた。窓を開けるとちょっと前はフェーン現象で季節の割に暖かった空気が完全に消え去り、冬に向かった冷たい空気が頬を撫でた。まるで目を覚ませと言っているように。
「あ、先に戻ってたんだね。」
「うん。この後榊原はどうするんだ?もし寝るのであれば電気切ってもらって構わないが。」
「ううん、......実はこの後、五十嵐さんに呼ばれてるんだよね。狐神君も来てくれると嬉しいって。」
よくさっきあんなことがあったのに、また俺たちと話そうと思えるな。別に嫌味とかそういうものは一切ないが。でもあの人は一度こう、と決めたら有言実行タイプというか。
榊原の後ろについていくと、先ほどのお土産屋さんより少し離れた場所で一人窓を見る人間がいた。みなそうだが普段見慣れている制服などから寝巻用の浴衣を着ているとなかなか印象変わるな。
「ごめんね、待たせちゃったかな。」
「いえ、私から誘ったのだから別に気にしなくていいわ。特にこの後用事もないし。」
修学旅行まで来て何もすることがないというのは少し悲しい気もするが、まぁそこはこいつらしさというかなんというか。
「さっきね、宇野から話があったの。もう一度チャンスをくれないかって。」
別に俺は驚きはしなかったが、榊原には凄まじい衝撃だったらしく、わなわなと口を震えさせている。なんとなく何を言いたいかはわかるが。
「な、なんて答えたの?」
「宇野は『たとえ嘘でもあの時は本当に楽しかった。確かに怒りはあったが、それだけ本気で好きだった』そう言われたわ。勿論それで彼に惚れた、とかは一切ないけれど。」
五十嵐の言葉にほっとしている榊原には悪いが、多分榊原に取って別に吉報ではないと思うぞ。
「そしてそれはあなたにも同じことよ。なんとなくあなたが私に好意を寄せているのは分かるけれど、正直あなたをそういう風に見ることはないわ。宇野にも同じことを伝えたわ、『時間の無駄よ。』」
以前保健室で五十嵐には榊原について話した。振る振らないはいいからちゃんと恋愛をさせてあげてほしいと。そして今榊原は告白をしていないのに振られた状況となっている。これはちゃんと恋愛をさせたとは言い難い。......だからこそ俺を呼んだのか。『ごめんなさい、私にはできない』そんな感じか。
そう言うように、五十嵐は俺のほうを申し訳なさそうに見る。確かにあんなのは俺が一方的に押し付けただけ、別に律儀に守る必要はない。別に五十嵐を責めはしないよ。榊原のフォローは後で俺がやって「好きです!五十嵐さん!!」......お?」
周りを一切憚らない榊原の大声は、少し大きな声で盛り上がる近くの集団を黙らせるほどだった。真っ赤な顔で、視線は泳ぎ、口もわなわな、手も震えてる。それでも言葉は紡がれる。
「なんとなくじゃないです!きちんと好きなんです!あなたの真っすぐさにも、凛々しさにも、こうして弱っているあなたを見ている今も『守りたい』の気持ちが溢れてくるです!時間の無駄なんかじゃないです。結果だけが全てなら、あなたが安川さんに抱いていた恋心は『時間の無駄』と一言で終わらせられるものなんですか!?『安川』と名前が上がっただけでそんなに憂いている顔をしているあなたに!!」
「......うるさいのだけれど。周りの迷惑も考えなさい。」
先ほどまで猛々しく吠えていたにも関わらず、冷静な五十嵐の声に今度は子犬のように縮こまる。にしても、効果はしっかりとあったらしいな。これが所謂ギャップ萌えというのだろうか。なるほど、きゅうきゅんなんてしないが、言葉の意味は理解できた。
とはいえこんな空気の中、部外者がいるのはさすがに邪魔でしかないか。お呼ばれした立場ではあるが、俺もこの場を後にする。
「......さっきの言葉は少し考えなしだったわ、ごめんなさい。でもあまり期待はしないでほしいわ。」
「っ!!うん!頑張るよ!!」
「だから声が大きいと言っているでしょう。」
そう文句を呈す五十嵐の耳は赤かった。
しかしここで終わらないのが恋愛バトルのいいところ。さぁ盛り上がってまいりました!
「ちょっと待てよ榊原。」
完全に先ほどの榊原の告白は聞こえていただろうな。確かに同じ人を好きになった者同士、あんな告白を聞いて黙っているわけにはいかないだろう。いいぞいいぞ、殴り合わないくらいなら全然バチバチやってくれて構わないぞ。
「まさかひ弱な感じのお前がこんな大勢の人の前で大胆告白なんてするなんてな。」
「あ、いや、えっと......「取り消すか?さっきの言葉。」」
いつもより強い圧で榊原ににじり寄る。だが圧が強まるのも当然だろう。好きな人の奪い合いなんだから。しかし最初あった時から榊原も成長したのだろう。若干怯えつつも、でも一歩も下がることはなかった。
「取り消さないよ。本気だから。」
事の発端である五十嵐はというと「やめて頂戴」と顔を真っ赤にしていた。なんだかまるで五十嵐がヒロインみたいだななんて思いつつ静観していた。
「シンプルに行こうぜ。明日の行動班で時間を分けてアプローチするって感じだ。勿論お互いの邪魔はしない。」
「うん、僕は全く問題ないよ。ちなみに五十嵐さんは?」
「勝手にしなさい」とこれ以上その場にいることが耐えられなかったのか、足早にその場を去った。周りの野次馬も去る人もいれば、榊原や宇野をからかう人もいた。これで明日の行動班はかなり気まずいな。さて、俺も帰るとするか。
「狐神君、少しいいかな。」
修学旅行の最中は本当に様々なイベントが発生するものだな。




