天明大火 7
「なんで私の事情をあなたに話さなくてはいけないの?そうやって私のことを見下してさぞ気分がいいでしょうね。優しさは自己満足とは違うのよ。」
これには素直に大爆笑した。俺は少し予想できていたが、あまりにも思っていた言葉と乖離していたからか、榊原はすごい『ポカン』とした顔になっているし。確かに五十嵐もだいぶこっちの気質はあったもんな。しかしマイナス思考同士がぶつかるとまぁ面白いこと。
「とはいえ、榊原君にこんなことを言わせて後ろで大爆笑しているあなたには誰も敵わないけれど。」
「失礼な。俺は一般的な女性の意見を参考に助言しただけだ。」
「私は一般的の女性ではないと?」
「またまた、ご謙遜を。あなたが一般的な女性のカテゴライズされるなら、メンヘラや拗らせなんていませんよ。しかもその筆頭格。」
「まぁ、そうかもしれないわね。でもそれならあなたは何になるの?悪鬼羅刹、蛇蝎磨羯、妖怪怪異、魑魅魍魎、怨霊、夜叉、阿修羅。いずれにしても人とは形容しがたいわね。......あぁ、ぴったりな言葉があったわね。妖狐、化け狐。」
「こんのすっとこどっこい......何?」
俺と五十嵐がバチバチに火花を散らしている中、とんとんと榊原が俺の肩を突っついてきた。今から俺の溢れ出る罵声の言葉をこいつにぶつけようとしていたのに。
闖入者に五十嵐も一度口を閉じる。
榊原は小さな声で俺に言った。
「多分だけど、五十嵐さんは一番君と話している時が楽しそうなんだ。どうやったら狐神君との会話みたいに楽しくお話できるかな。」
「あっ......えっ.....気は確かか?」
何をどう感じたら今の会話が楽しそうなんだ?お互い本音でお互いのことを罵倒しているだけだぞ。普通に喧嘩にだって発展することもあるだろう。事実前にこいつを保健室にぶち込んだ時なんかは荒井と飯島が止めようとするほどに口論していたし。それを何を思ってか、楽しそう?特殊感性をお持ちですか?
「何をこそこそと話しているの?陰口を叩くのは構わないけれど、それならせめて陰で叩きなさい。」
「いや、何というか、榊原には五十嵐が俺と罵り合いをしているときが、五十嵐が一番楽しそうに話しているって。」
全財産を失ったような、または最愛の人を失ったような、きっとその人にとって最も不幸なことが起きた時、そんな顔をするのだろう。今の五十嵐の顔はそんな感じだった。概ね同意だがぶん殴ってやろうか?
「お、落ち着きなさい、榊原君。確かに私と狐がm......これと話してはいたわ。でもそれが楽しい?そんなわけないでしょ。楽しい会話っていうのは、安川さんとしていたように、いつも笑って、いつだって相手の好きなことを考えて、いつまでも相手を......相手......」
「......榊原、帰ろう。」
「え?う、うん。」
そうして俺たちは部屋に戻っていった。泣きそうになる五十嵐を放っておいて。それを見て「戻ろうよ」とか「どうして泣きそうなのかな」なんて聞いてきた。多分俺よりもよっぽど恋愛初心者なのだろう。しかしそれがわからない榊原に若干の苛立ちも覚えた。
「傷心に浸っている喧嘩相手の顔なんかみたくない。」
高校生は人間として最も成長する期間だと思う。今まで子供として扱われていたが、バイトなんかを始めれば、大人として容赦なく現実を叩きつけられる。受験なんかで人間の良し悪しが裁量、選別される。良くも悪くも成長はする。
きっとあの時、五十嵐は気づいたんだと思う。恋愛というのは基本的に相補的な関係。AがTと、CがGのように。組で存在しないと成り立たない二重螺旋の構造のように。少なくても一方だけが与え続ける関係なんてものは、それこそあいつの言っていたような優しさと自己満足のような違いだろう。そしてそれはまんまブーメランとしてあいつに帰っていった。他人に言われることと実際に自分が感じてしまったことは、全く別物。
五十嵐がどんな想いで安川と付き合っていたかとかは知らない。今あの人に向けてどんな感情を持っているのかも知らない。だからこそ、一回五十嵐自身で省みる時間は必要だと思う。そんな時に外野がゴタゴタ口出しはしないほうがいい。
「でもそうだな、五十嵐に言われるとも思うが俺からも言っておく。楽しいかどうかはこの際置いておく。俺は性格悪いから大体みんなにそうだが、相手によって態度はあんまり変えないぞ。真の男女平等主義者である俺はイラついたら五十嵐の胸倉に掴み掛かるし、少し前に売れていた芸能人とかも普通に蹴り飛ばすし、京と接近するために女装をして女心を考えてたこともあるし。友達には素直なことは美徳だと言われた。実際そうだと思う。そもそもありのままの自分を受け入れない人がいたら、別に友達とかになる必要はないんじゃないか。妥協して友達を作る必要ある?少なくても俺は、俺にとって価値のある人を友達と考えてる。」
自分で言ってて、俺の中の友達の定義に少し驚いた。以前、太陽にどうやったら友達ができるなんて聞いたことがあり、その時に『友達とは』と考えたが、成程、俺の中ではそれが友達なのか。
「成程、じゃあ五十嵐さんは狐神君にとって友達なの?」
どうなんだ、嫌いな人、と言えばやはり斑咬などの名前が上がる。嫌いな人の名前でも五十嵐はヒットしない。じゃあ好きな人とか、好感を持ってる人、とか言うと何となく違う。嫌いでも好きでもなく、無関心、とも違う気がする。
「強いて言うなら、一途な人間だとは思うよ。いい意味でも悪い意味でも。真っすぐな人間とも言えるかと。」
「成程。」
俺の言葉にまた榊原が黙り込む。俺も特に言葉はかけず、ご飯の時間になるまでテレビを見ていた。




