旅鞄には甘いお菓子と少しのスパイスを 19
「だからこそ、自分を救ってくれた人に、知らなかったとはいえ過去にあんなことをしてしまったと自分を責めている。」
なるほど。別に俺はそんな事情知らずに勝手に突っ込んでいっただけだからな。まぁそれで勝手に救われる人がいるのは別にそこは好きにすればいいと思う。
「......」
いつからかそこにいた根元先輩は、恥ずかしいような、情けないような、やるせないような、そんな表情を浮かべていた。
俺の視線に気づき店長も同じ方向を見ると、根元先輩に気づき、何を思ってか、俺と根元先輩を2人きりにした。しかし2人にして何を話せというのか。俺は勿論だがこの人も口数が多いとは思えないが。
「......卵を切らしていたの。もし良ければついてきてくれないかしら。」
そんな感じで近くのスーパーに向かって歩いた。車の通過する音や、遠くで盛り上がって話している高校生のおかげで沈黙でもあの店の中よりかはマシだ。
「あの時の根元先輩が俺を傷つけようとあの言葉を言ったとは思ってないです。結果として傷つきましたけど。」
「......大切なのはそこよ。私の八つ当たりが見ず知らずのあなたを傷つけた。例え私にどんな災厄が起ころうとも、それが他人を傷つけていい理由にはならないわ。本当にごめんなさい。」
言葉は淡白ではあるが、悪い印象は受けなかった。
「あなたを傷つけた罰として、最低限私のことは話すべきね。」
そうして貰えると助かる。
「私の家は和食料理の老舗なのよ。明治から続く大層なお店のようでね。両親も女が生まれたのは失敗だったようだけれど、料理の才がある私を跡継ぎにしようと必死に頑張ってくれたわ。」
淡々と述べられた『失敗』という言葉にこの人が家庭でどういうふうに育ってきたのか、何を強いられてきたのかは想像に固くなかった。どこの家も問題は多かれ少なかれあるものだな。
「よくある堅苦しい良家の約束事みたいなのはあったわ。遊ぶ人間は選べとか、付き合いは大切にしろだとか。でも最も禁忌とされていたのは洋菓子を食べること。『洋菓子は糖分過多の依存物質の塊、健康的でもなければ余剰なエネルギーを得るだけの馬鹿の食べ物だから食べるな』と言いつけられていたわ。」
あまりの暴言に「どっちが馬鹿だよ」と、ついその言葉に思わず笑ってしまった。世界に洋菓子を食べてる人なんて何億人いるんだよ。そして隣の彼女も俺の笑う顔を微笑みを浮かべていた。
「本当に、どちらが馬鹿って話よね。私は両親の固い考えが嫌いだったし、絶対にダメと言われれば子どもは逆にそれをしたくなるもの。私が友達からもらったマカロンなどの洋菓子に虜になったのに時間はかからなかったわ。」
なるほど、それが原因で店長の話に続いていく流れか。そして今はその家元から離れてあのお店で住み込みで働いているわけか。それでは多少不愛想になっても仕方ない。
スーパーに着くとどこに何が売っているのかはよく把握しており、俺は後ろからついていくだけだった。今の俺ら2人は周りからどう見えているのだろうなんて、乙女みたいなことも考えていた。
「このお店は少しだけ高いけれど、その分珍しい調味料であったり、豊富な種類の商品があるの。質も悪くないし。だからよくお世話になってるわ。もしあなたが買い物などを頼まれることもあるだろうから覚えておくといいわよ。」
「分かりました。」
改めて商品棚を見てみると確かに普段うちのスーパーでは見ないようなものも多くある。でも多分一級品とかの品はない。あれか、別にプロからしてみれば普通の素材などを使って美味しい物を作るこそ本物とかいうやつか。
「さば、ひらめ、菜の花、ユキナ、はっさく、レモン、イチゴ......旬ものか。」
「よく知ってるわね、菜の花やユキナなんて。」
「料理とかはする方なんで。後は別にスーパーの売り場の配置は家庭科で習ったんで、何となく旬なものはわかりやすいかと。」
本日は元々は卵だけ欲しかったが、おひとり様1名の安売りをしていたので、2パック買って帰った。水仙などとも料理の話はするが、流石はプロと言うべきか、ためになる話をいくつも聞いた。そんな話をしているうちに最初に抱いていた根元先輩への感情は薄まっていった。これには自分も少し驚いた。
しかし寒さゆえだろうか、行きと違い根元先輩の顔は赤らんでいた。
戻ると既に店長はおらず、恐らく母屋に戻っているのだろう。厨房の冷蔵庫に卵を入れると俺もここには用事はない。明日は学校は無いがこの辺でお暇するとしよう。
「ではこれで失礼します。「まっ......待ってちょうだい。」」
外よりも今の方が暖かいはずだが、顔の紅潮は更に増している気がする。熱でもあるのだろうか。
「どうしたんですか?体調悪いなら早く寝た方がいいですよ?」
「大丈夫よ。......その、私には所謂友達が少なくて、同じクラスだった知り合いに......謝罪には何をすればいいのか聞いたの。言葉だけでは済まされないことをしたのだから。」
当時の俺は本当にたまったものではなかったが、今となってはあまり気にしていない。確かに発言自体は問題だったが、あの時の心境や記者の人なども考慮すれば許されていいとは思ってる。まぁそれでも何かというのであれば、あの料理を作る姿を見させて欲しいというのはあるかな。
「そしたらたまたま、あなたとも仲が大変良いと聞いていて......というか、今はもう交際していると聞いていて......」
は?なんで俺が知らない間に俺に彼女が出来てるんだよ。彼女って何か?自然発生でもしてくるんか?宿主の知らないうちに傍にいるってもう寄生虫なんだよ。
「結婚を前提に......」
「.......」
警察案件か?
携帯を手に連絡先を探しコールする。
「だから絶対に許さないと。......その......まずは.......見せしめに......ふ、服を全て脱いで、地に這いつくばって、家畜のように傅く「あ、小熊先輩ですか?今からぶち殺しに行きますね。」」




