旅鞄には甘いお菓子と少しのスパイスを 17
俺と深月の出会いは偶然だったと思う。確かに生徒会選挙の時に読み上げた最後の名前ではあったが、『留学のため現在不在』と記載があり、既にそこで接触することは諦めていた。後日たまたま気に入ったパンケーキのお店に入り、そこで学ぼうとしたらそこには留学から帰ってきてた深月が働いていた。
「なるほどね、それでそれで?」
「……まぁ、最初から説明していくですね……」
相変わらずどこから得た情報か、大鵠さんが翌日には俺と深月の関わりについてルンルンで聞きに来た。大方料理部の誰かが言ったのだろうが、まぁ別にいいや。そんな聞かれて困ることも無いだろうし。
水仙と淀川の痴漢に関わる冤罪の解決後、俺は太陽と絹綿と牟田とパンケーキで有名なお店に向かった。そこで食べたパンケーキを忘れることが出来ずに他の人にも相談した結果、後日、このお店で勉強させて貰えないかお話をしに行った。今にして思えばだいぶ頭おかしかったが、なんでか『行ける!』と思った。店長も優しい人で、同じ学校の人間、冷やかしや単純な好奇心ではない、味覚がないにも関わらずこんなにも思いがある、などの理由から深月とアポを取ってくれた。
そして後日、面接という形で時間を頂いた。
指定された時間に案内された部屋に入ると、1人の女性が俺のプロフィールをまとめた紙を横目に、雑誌を広げていた。そこに載っている写真に初めてこの人が有名人ということに気づいた。
「失礼します。すみません、お忙しい所時間作ってもらいまして。」
「気にしなくていいわ。......一つだけ確認させて。どうやって私がここで働いていると知ったの?」
えと.......多分雑誌に載るくらい有名な人なんだろうが、俺は全く知らないんだよな。警戒心が凄いから多分そういった関係で嫌なことがあったのだろう。何となくそこら辺は白花に重なる所がある。
「すみません、正直な話、あなたがどこの誰なのか分からないです。本当にあのパンケーキに惹かれただけなので。有名な方だとは思うんですけど、ごめんなさい。」
「......根元深月。名前くらいは聞いたことあるかしら?」
「ねも......」
雑誌に書いてある名前を刺して、それを俺に見せる。この時脳内でその名前はヒットした。しかし俺は料理人としての根元深月は知らず、俺が生徒会選挙で挙げた名前の根元深月がヒットした。俺のその苦い顔に向こうも勘違いを重ねた。
「一応店長からはそういった類では無いと聞いているけれど、その顔を見るに私に少なからず恨みはありそうね。」
「ないわけがないでしょ。」
「そう。」
俺が何かアクションを起こす前に、向こうは既に動いており、片手間で店長に連絡がいっていたらしい。恨みを持つ人間がバイトなどを装い接触された事があるのだろう。店長も悲しげな表情を見せつつも、迅速に根元を守る動きに入った。
「店長、どこから情報が漏れたか見当はつきますか?」
「......いや、ないよ。彼は本当に純粋な気持ちでここに来てくれたと思ったんだけどね。」
しかしここで情報の齟齬が生じているのは俺でも分かる。少なくてもこの人の料理に関しては、俺は何一つとして思うことは無い。
「勘違いしないで下さい。俺が抱いている恨みは料理とかそういうのでは一切ないです。狐神彼方と聞いて聞き覚えは無いですか?」
「ないわね。」
「......のやろう。」
こいつがそんなにも人に無関心だから大鵠さんに名前呼ばれたんだろ。あんたのせいでマスメディアでも問題になりかけたんだからな。有名人だと自負があるなら、どっかの誰かさんみたいに発言ひとつひとつにも注意して欲しいところだな。
「あんたが留学に出る前受けたインタビューで話したこと覚えてますか?」
「さぁ。」
「もういい。」
しかしブチギレる寸前の俺の言葉に反応したのは根元でなく、むしろ店長の方が心当たりがあったようだった。
「!あぁ、そうだ!覚えているよ!あれは生放送で少し問題になったからね。そうか......君がその人だったのか。」
根元だけ分からない様子ではあったが、店長は俺の恨みの理由を理解してくれて、俺を追い出すといったことは一切しなかった。むしろ根元先輩に「君は知る義務があり、彼に謝る義務もある」と当時の映像を探してくれた。
俺と根元先輩はその間机に座り待たされた。向こうは未だに事態が呑み込めていないため、こちらへの警戒心が強い。とはいえ店長がこちらの味方ともなれば俺が別に慌てることは無い。にしてもこんなに堅物な人があんな人を幸せにできるような物を作れるなんてなんだかイメージとは全然違うな。
それからお互いに何も話さないまま、やがて店長が来た。距離はあったが俺と根元先輩が同時に見れる場所にパソコンを置く。別に俺としてはそれを見なくてもその場面はセリフを覚えるくらい印象に残ってるから、別に見る必要は無いが。
やがて映像が映し出させる。




