旅鞄には甘いお菓子と少しのスパイスを 2
「でもごめんなさぁ〜い。私狐神先輩っていい人だとは思うんですけどぉ、ちょっと恋愛的に好きにはなれないですぅ。」
「そうか。俺は星川のこといい奴だなんて思ったことないし、少しも好きになれなさそうだ。」
「んぬぅ!!」
ドスの効いた声と容赦のない拳が狐神を襲う。
「実際ほんとに星川の腹の中が分からないんだよ。俺をよく思ってないことは知ってるけど明確に嫌なイメージは持ってないっていうし。でも生徒会に入会したのは俺を嫌ってるからとも聞いた。実際俺が星川のお姉さんに何したかは正直分からないが、だからこそ俺が何か過ちをしたのかも、それの謝罪も分からない。」
「......」
押し黙られるとこちらも何を言えばいいのか困るのだが。
お互いしばらく口を開かないでいると、やがて遠くの方から人手を求める声がした。生徒会としてそれを無視する訳にもいかないので、そちらに2人で向かった。
大きな机の移動を手伝っている途中、星川について考えてみた。最初はよく分からない女という印象で、それ自体は今も大きく変わってはいない。ただ言うのであれば、俺への感情を悪戯に秘密にしているのではなく、何か訳があって隠しているようにも見えてきた。まぁそれ自体がフェイクの可能性もないことは無いが。
星川の姉について調べたが、予想通りというか、俺との直接的な目立つ関わりはなかった。しかしそれは黒瀬兄の時も同じだった。そもそも目に留まるような情報があれば苦労はしないが。
「どうしたものか。」
「また悩み事か?」
星川と別れ、学校を巡回していると重そうな荷物を運んでいる戌亥とあった。特に手伝わない理由もないので半分ほど荷物を請け負うのと交換に少し相談させて貰った。
「......率直に思った感想は、その女の人はお前に好意を持ってるんじゃないか?」
好意がある人を野太い声で殴ってくるかね、あれが照れ隠しであれば随分とお可愛いことこの上ないが。その可能性はないから捨てるとして、あと残っているものはなんだろうか。
「というか、悩みと言っていたからてっきり向こうだと思ってたんだがな。」
向こう?
「それでは修学旅行について話していきます。」
「「「おー!!!」」」
体育祭後の休日は体力回復に努めた。もう歳なのだろうか、練習ではあまり疲れなかった気はするんだが、本番は何故か異様に疲れた。まぁ練習と本番は違うとも言うし、ある意味当然なのかもしれないが。そんなわけで泥のように眠って2日はあっという間に過ぎた。
しかしそういえば去年の2年生はこの時期ぐらいにやってたか。今年は校長や学校の体制が不安定だったからそのせいで遅くなるとは聞いていたが、やはり中止にはならないか。確か大鵠さんは近場のところで済ましたと言ってたし、今年も近場でいいんじゃないかな。
しかしやはりというか『沖縄』『北海道』『大阪』『京都』『長崎』『千葉』『東京』『神奈川』など国内だったり『ハワイ』『韓国』『グアム』『ニューヨーク』『パリ』『ロンドン』などの海外の名前も上がった。いっそ他の高校のように既に場所が決まっているのであればやりやすかったのに。600人全員が納得出来る場所などどうしたってない。であれば少数派は妥協するだけか。
ちなみに修学旅行の行先について、まずはクラスで意見をまとめる。そしてその後、各クラスの学級委員が集まって多数決で決まる。その際にもし1位が2つ以上あった場合、もう一度その2つで投票を行うといったもの。資料を見た感じ、これでもかなり楽にはなった。前は選挙みたいな『関東』『九州』『近畿』みたいにブロックで分かれ、その次に細かな行きたい場所を更に投票で決めるといった手法を取っていた。分かりやすく言えば衆議院の拘束名簿式比例代表制、ドント式のようなものか。しかしそれでは実際に旅行で回るにも時間もかかるし今はもう採用していない方法だが。
「それでは出た意見の中で行きたいところを紙に記載し提出して下さい。」
遠井先生が監視する中、配られた紙にみな何を書くか話し合っていた。たかだか高校生の修学旅行先程度でそんなに厳重にする必要はないと思うんだがな。
そんなことを考えていると右隣から指でつつかれた後、携帯の画面を見せられた。一応授業中の携帯は禁止となっているが、遠井先生もこの時間は見過ごしてくれている。以前の堅い頭ならそんなことは許してないだろうが、多少は柔らかくなったのだろう。
「......へぇ、京の好きそうな雰囲気のお店だな。あの店に似てるし。まぁ俺も好きだが。」
それは旅行先の候補の1つでもある京都の喫茶店の写真だった。何も旅行に行ったからといって、必ずしも有名な観光場所に行ったり、そこでしか食べれないものを食べる必要はない。
「あんまり修学旅行なんて興味なかったがちょっと行ってみたいかもな。したら一緒に行くk......行く相手がいるといいな。」
危ない、危うく選択肢をミスるところだった。観光地には浮かれたナンパが湧いて出てくると聞く。それをしっかり守れる王子様でなければいけない。
しかし普通に考えて俺と京のやり取りは後ろからは丸見えである。
「わぁ......すごいお洒落な場所だね?2人で一緒に行くの?もし良かったら私もついていっちゃダメかな?」
「ダメ。」