手折られた秋桜 17
放送部が高らかに俺らのことを実況する。いいことも悪いことも面白く話してくれるため会場は大盛り上がりだ。仕事と言われればそれまでだが、賞賛されるべきものだ。
しかしいくら俺のことが嫌いだろうと黙ってしまうのは些かどうかと思う。
疲れながらも次の走者の絹綿にバトンを渡す。一応俺なりに頑張ったのだが、結果に不服なのだろうか、怪訝な表情で見られた。まぁバトンパスの時に走者のほとんどの人が入り乱れたのもあって単純にそれを嫌がったのかもしれないが。でもそれは仕方なくないか?
後半は前半よりも早い人が走るのもあって、それに合わせるようにみんなのテンションも更に上に行く。そして斯くも素晴らしくアンカーにバトンが渡された際、ほとんど12人の差はなかった。これで全員同着とかなら漫画とかで売れると思う。タイトルは『平和主義』でいくか。
「おおっ!!」と歓声が響くと走力があるアンカー達の中でも抜きん出てトップを争う人達がいた。
「明石に禦王殘、ノアか。てっきり伽藍堂とか鶴あたりもアンカーに相応しいと思ったけど、各クラス事情はあるのかな。」
どうかなー……あれはフルスロットルで走っているのだろうか。みんなの表情は真剣そのものだが、特にノアに至っては先程のクルトの発言もある。本気かどうかは見分けがつかないな。何れにしても爆速なのは変わりないが。
ちょうど近くにいた鴛海に聞いてみた。
「……うーん、正直分からないというのが本音だな。彼らの本気は文字通り別格だ。3年のゴロツキとやった時は明らかに手を抜いているのが表情から読み取れたが、ここからは距離があるし何より一度僕に見破られている以上、二度と同じ轍は踏まないだろう。」
鴛海が分からないのであれば俺も分からん。それであれば勝手に『みんな頑張っている』と解釈させてもらおう。
「にしても驚いた。まさか体育祭の為にドーピングを使用するなんてな。最後の体育祭になるだろう。せいぜい捕まるまで楽しみたまえよ。」
「使ってないわそんなもの。あれだろ、たまたま俺の火事場の馬鹿力が発揮して同じレーンの人の体調が悪かっただけだろ。」
「……そんな偶然が重なるとは思えないがな。」
結果僅差で禦王殘、明石、ノアの順で入着した。その後も離れてゴールテープを切って行った。俺らのクラスのアンカー梶山は6位でテープを切った。メンバーを見れば大したものだと思う。
続いての競技の棒倒し。これは男子は全員参加のため俺もその列に並ぶとする。
「……あれ?」
男子が入場ゲートへ急ぐ中、見知った顔の人が反対に暗がりに向かっていくのが見えた。そういえばあの人全員リレーでも見なかった気がする。
どうにも気になってその後ろについて行った。
「……おや、これは狐神殿、如何した?もうすぐ棒倒しは始まるのではないか?」
「伽藍堂だって参加するでしょ?こんなとこで何してん……もしかして、親?」
「はは、依然より聡くなられたな。皮肉かな、顔など知らぬが故分かるはずもないと思うておったが、仮にも彼奴らの血がこの身に流れてるからか、直感で理解した、あやつが儂の親だと。捕らえることは叶わなかったが、然とこの眼にその姿を焼き写した。父親だけだったがな。」
俺には理解できない感情だが、きっとそれは伽藍堂が今を生きる最も強いモチベーションになっているのだろう。俺にはその笑顔に掛ける言葉が見つからなかった。しかし前に樫野校長が伽藍堂に言っていた報酬で両親を呼べると言っていたが、まさか本当に呼んだのだろうか。でもタイミング的にそんな気がする。あの人は何者なんだ。
「……そう強張れるな。少し感情が高まってしまっただけだ。さて、そろそろ競合が始まるから行くといい。」
「うん。」
その場にいるのが少し怖くて俺は陽のあたる場所へ向かって走った。夏だというのにその日陰では肌寒くさえ感じた。
「……情報の提供は感謝致す。儂の積年の願いでな。しかし些か気になるな。どうして彼奴を儂の親と勘繰ることが出来た?何故狐神殿を避ける?主とは学友の仲であろう?」
狐神が去った後、伽藍堂は猜疑心の溢れた笑みを向けて質問した。
「……あ、あの人……が……あなたの……名前……言ってて……それだけ……ほんとに……」
「……。そうかそうか、いやなに、単純に確認だけしたいと思うただけだ。そこまで怖がられると少し申し訳ないな。狐神殿もそうだが、儂はそれ程に悍ましいだろうか。」
「……それでは……」
短くそう言うと京は急ぎ足でその場を去っていった。以前より2人は少しだけ関係を持っている。しかし少なくても京はあまり長時間伽藍堂と一緒にいたいとは思っていない様子だった。
「狐神殿から隠れた理由も訊きたかったが、まぁ何となくでも予想はつくか。……罪な男だな全く。」
結局伽藍堂は棒倒しには参加しなかった。




