宵宮や明日に繋げゆ謀 2
そして翌日も俺は生徒会の仕事のために学校に向かう。自分でも思うが、よくもまぁこんな暑い日にも関わらず働くなと思う。
そんな中20mほど先に見知った後ろ姿があった。いつもなら普通に声を掛けるところではあるのだが、あの一件があったから少し声をかけづらい。俺と鶴の間には何もなかったが、実の父親が友達を襲ったのだ。俺はあまりその件に関して鶴に何も責任はないと思うが、鶴はそうはいかないだろう。きっと話しかければ普通に接してはくれるだろうが。......まぁいいや、どうせ学校に着けば話すだろうし。
「おはよう。」
「......あ、おはよ」
案の定いつもより元気がないような気がする。
「鶴の方は体育祭の準備順調そう?」
「……うん、やっぱり規模が大きいから。……あの、改めてこの前はうちの父が本当にごめんなさい。本当に、謝罪の言葉をいくら並べても足りないけど。何かして欲しいこととかあれば何でも言ってね?」
「いや、事情は聞いたしほとんど鶴は無関係だから気にしなくて大丈夫だよ。それよりも一応父親が亡くなった訳だと思うけど、その、鶴の方が大丈夫?」
「……大丈夫。ほとんど父のことなんて覚えてないから。」
「そっか。それなら良かっ……良くはないな。」
「「……」」
不味い、分かってはいたが空気が重い。というか何でろくにコミュニケーションが取れないのに鶴に話しかけてノリで何とかいけるなんて思ったんだ?少し冷静になれば分かるだろ。
「あー、でも鶴さん?簡単に何でも言ってって言うのは少し控えた方がいいと思うよ?下賎な輩はその言質から汚いこと企むから。」
「……汚いことって?」
「それはその……あれよ。」
これは多分鶴は知らないのかな、高校生男子が考えるやましい考えを。いや、でも流石に高校生にもなって、それも俺の冤罪を見てきて分からないわけないような……。
「……?」
まぁ俺が鶴の純粋を汚す訳にはいかないから、ここは何か軽いことで流しておくか。
「例えば、お金を要求したり、交際を求めたりすることだよ。」
「……なるほど。お金が欲しくて私と付き合いたいの?」
「そりゃあお金は欲しい。でも友達からせびる気は全くない。あと付き合うってのも特には考えてないけど絶対に勘違いして欲しくないのは鶴はすごい魅力的だし絶対彼女に出来たら人生勝ったと思うけど俺が並び立つのは罪悪感で死ねるから隣に立てるほどの人間になることが出来たら是非お願いしたいというかなんというか分かりやすく言うとアイドルとかと付き合えたら死ぬほど幸せだろうけど自分だと並び立てないから」
落ち着け馬鹿。何を言っているんだ。
「……すごい早口だね。でもじゃあ狐神君が自分に自信が持てて、私と付き合いたいと思ってくれる日が来たら、話を聞かせてね。」
「……」
鶴は何も恥ずかしがらずに、真っ直ぐに俺の目を見てそう言ってくれた。振り返り先を歩き出す彼女に、俺は何も返せなかった。
今までどのくらい本気で何かに取り組めたことがあるだろうか。「中途半端でもいいから」「何となく」「とりあえず」で始めたことは、辞める時に「やっぱり」「何となく」「自分に合わなかった」そんな言葉が並んだ。多分俺がこの先生きた未来でもそれは何度も言うと思う。でも「絶対に」「必ず」「死んでも」と決めて挑むことが出来て、それが叶ったらそれはどれほどの自信に繋がるのだろうか。自分のことを少しでも好きに、認めることが出来るのだろうか。それがもし出来たのなら。
「……鶴。聞いてもいいかな?」
「……どうぞ?」
何て言われるのか言われるのが怖かった。めんどくさいとか、重いとか、気持ち悪いとか。大切だと思える人だから尚一層。でもだからその人から認めて貰えたら……。
「もしこんな俺でも、ブサイクで性根悪くて陰気臭くてマイナス思考で運動も出来なくて話術もなくて人間不信で取り柄もなくて身長も高くなくて経済力もなくて言い訳ばっか並べて周りに恵まれたことを自分の力と勘違いして眼高手低で計画性もなくて人格破綻してて気持ち悪い言動でまともな友人関係も作れなくてこの世の汚物のような……そんな俺でも誰かを本気で好きになってもいいと思う?その為に努力することが例え結果に繋がらなくても、それは無駄にならないと思う?」
以前水仙のマンションに行って淀川を捕まえた時、鴛海とそんな話をした気がする。でもその時の俺には全くその意味が分からなかった。今もその意味を知ることが何となく怖いけど、知りたくもなった。というかきっかけが欲しくなった。本気で自分が変わりたいと思える、明確な標が。
「……ならないと思うよ、絶対に。もし私なんかでも狐神君の自信に繋がるなら、何でも手伝うから言ってね。」
今までも十分すぎるほどに手伝ってもらってるよ。だから今度はそれに応えられるように頑張るよ。
「……ちなみに狐神君のタイプの女性ってどんな人?」
そういえば鶴は普通に恋愛の話が好きだったな。俺のタイプの女性か......。
「……可愛い人。」
「……そう。」
「……夏の太陽よりも眩しく笑う人。」
「……?」
「無自覚に人を惚れされる人。」
「……」
「誰にでも隔てなく接する人。人の良いところにすぐ気付ける人。他人のためにすごい頑張れる人。その頑張りを驕らない人。いざとなったらしっかり怒ることのできる人。でもそれを悔やむようなこともある人。覚悟を決めたら自分の限界なんて直ぐに超えられる人。友達のために、自分を犠牲にすることを厭わない人。……最後まで……最後のその時まで、俺に笑ってくれた人。」
「……いつかまた、会えるといいね。」




