狐神ロスト 12
鶴とノアの言葉に少しの間考えたような素振りの後、降参とばかりに梁は両手を上に挙げる。
「そうです、確かに君らの言う通り樫野校長の指示です。でも狐神君を害する気など毛頭ないです。勿論この言葉は私の素直な気持ちですし、それを信じられないとしても、私たちが狐神君を殺したって、むしろ被害が拡大する一方というのは想像に固くないと。」
「ちょっと梁「彼女達は私たちよりもよっぽど聡い。変に言葉を返して信頼を落とすなら素直に話した方がいい。」」
いつも事件などでは低姿勢で働き、あまり意志の強くない梁。その態度にイライラを隠すことのできない雲仙ではあるが、刑事の勘とでもいうのか、その辺りの見極めは雲仙よりも出来る。
「雲仙も分かるでしょ、彼女らの方が我々より上だ。」
「……分かりました。私たちがここに来た理由は2つ。1つは狐神君の安全の確認。受付履歴やこの部屋の調査をしましたがそこは問題ありませんでした。」
「……もう1つは?」
「もし狐神君の意識が戻っていたなら確認したいことがありました。実は近所の人から事件の時間、高校生が3人ほど狐神君の家から出たかもしれないと話がありました。とはいえ目撃者を軽く調べると、過去に狐神君の母親に酷い仕打ちをした一人でした。今は関係も良くなったと聞きますが、情報を錯乱させる可能性もあるので、半信半疑ですが。」
鶴は以前その話をベッドで寝ている彼から聞いたことがある。付け加えるならばそのせいで妹さんも自殺しようとした。反省はしたと彼は話していたが、人間そんなすぐに変わるとは思えない。この人の判断は正しいと思う。
「しかし狐神君の意識が戻ってない以上、私たちがここに残る理由もありません。あなた方のお時間をこれ以上奪うつもりはありません。私たちはこれで失礼します。」
2人の足音が遠くなり、やがてエレベーターに乗ったのか、完全にそれは聞こえなくなった。視線を狐神に戻すと、少しだけ目にかかった髪の毛を弾く。
「どうやらまだ謎は残ってるそうね。」
「……狐神君に起きてもらうのが1番だね。」
「それが出来たらね。……ほら、狐神、起きなさい。花の女子高生が2人もお見舞いに来てるのよ?いつまで寝てるの?」
ぺちぺちと軽く狐神の頬を叩く、しかしノアの声にも狐神は反応しなかった。しかし気のせいか、時折手足がぴくんと反応している気がする。意識は既に表層にあるのだろうか?
ふと、ノアが狐神の荷物の中に、オシャレな洋菓子があるのに気付いた。それは中に小さなパンケーキが入っていた。ただそれは普段みんなと食べているような安いお菓子などではなく、僅かな隙間から漂う香りだけでも、世界トップクラスの令嬢のノアに十分すぎるほど『本当に美味しいもの』と感じさせる程だった。自然とそれに手が伸び、その中にある手紙にも気付く。
『お大事に。根元深月。』
「……どうして。彼女は今、この国には居ないはずじゃ……」
そしてもう1人の少女が狐神に近づく。それはすぐ耳元まで。長い垂れた髪を耳にかけ、その柔和にも艶やかさを含んだその唇から放たれた言葉は、まるで神経を侵す毒のように、体を蝕む。
「……狐神君、起きて?」
「……ん?」
「ここはどこ?私は誰?」
「記憶喪失?」
「よくあるじゃん。それで普段はツンツンなヒロインに『あんたは私が好きになった最低な人間よ!とっとと思い出しなさいよバカァ!』『はっ!?君は確か……』みたいな?もしくは転生系?『神のミスで死んじゃったから来世は異世界で最強じゃよ、異世界最強ハーレムじゃ』みたいな?」
「感覚が古くないか?残念だがこの顔面を鏡で見て、全て現実と悟ったよ。夢ならばどれほどよかったか。」
本日は休みということもあり、朝から太陽が見舞いに来てくれた。目を覚ました昨日は鶴とノアがいたが、直ぐに医者が来たから2人は後にした。特に身体に以上もなかったので、明日には復帰する。
「にしても昨日夜に警察が来たんだろ?もう事件は解決したんじゃないのか?」
俺も事件当初は熱でかなり頭がクラクラとしていたからあまりハッキリとは覚えていない。けれど確かに梁と雲仙という警察官が言うように3人くらいの高校生を見た覚えもある気がする。でもそんな気もしたくらいだし、証拠とかなければ本当はいなかったんじゃないかなとも思う。
「解決したと思うよ。昨日の人たちもそう言ってたし。あくまで確認程度だろ。」
「だといいんだがなぁ。まぁ今回は既に犯人さんがお亡くなりだし、動機も動機だから終わったのかなぁ。……あ、そういやもうすぐお前さんのとこ体育祭だろ?俺らも見に行くわ。」
「俺らってことは?」
「あぁ、西御門も一緒に行きたいってよ。」
この前のトラウマが蘇り、足が痛む気がした。西御門と太陽が一緒に来たりなんかしたら、俺の足が保たない。
「……あれ?でも太陽2人とも振ったよな?」
確かに俺は直接2人を振るところは見てないが、まさか嘘をついたとは思わない。
「あぁ、でも2人とも『理由も分からないまま終わらせる気は無い。せめてその理由を聞くまでは好きでいさせてください』ってさ。」
「……はぁーん?いいご身分だな。確かに太陽の気持ちもいつの日か変わるかも知らないしな。それまでは相手に期待を持たせ続けると?……ほんまなんなんこいつ。」
「まぁもうちょっと付き合ってくれよ。親友?」
「厚かましいぞ?」
次の瞬間『バァン!!』と扉が勢いよく開く。温故知新ではないけれど、噂をすれば影というのは案外本当かもしれない。
「ごめんなさい!太陽を奪う気なんて微塵もないです!ただ親友として応援しようと……なんだ、此方か。」
そこには少し怒ったような此方がそこに立っていた。時間からして学校が終わって直にここに来たのだろうか。勿論家族には俺の意識が戻ったことは伝わっている。
「あー、そういやこの前はごめんな?誕生日プレゼントの扇風機。まぁ全然誕生日でもなかったし、此方が買って使った直後に「ゴミかよ……」って若干聞こえたけど、此方が最初にお菓子の当たりをくれた時みたいに、素直に受け取れなくて。」
「……んなのどうでもいいんだよ。」
「なんて?すまんがお兄ちゃんまだ体が少し重くて、こっちに来てもらえるとうぐぅ!?」
勢いのまま此方が俺の腹に突っ込んできた。
「おかえり。兄さん。」
「……ただいま。」




