狐神ロスト 3
「……いるの?」
「いやぁこれは驚きですね。まさか私にそんな人がいるなんて。長年生きてきましたがそんなこと聞いたことありません。これは世界がひっくり返りますよ。」
「……そうですね?」
いいんだ鶴、俺のボケに無理に乗らなくて。急にボケた俺も俺だが。時に純粋は人を静かに傷つけるんだ。にしても漫画やアニメじゃないんだ。俺がそんな主人公みたいなムーブさすがにしないだろ。こんな奴が主人公とか世も末だよ。
「いないよ。気になる人なんて。顔はこれだし、性格もひん曲がってるから、誰かと付き合うなんて想像も出来ないし、きっと罪悪感で押しつぶされる、このまま1人寂しく余生を過ごしていくよ。」
「して、これらの競合を組のものに注意喚起のような形で伝えて欲しいということでよろしいか?」
「理想はね。でもそれで中途半端に活気がなくなるのは困る。そこを上手く兼ね合いをして欲しいんだよ。士気は上げて欲しい、でも問題は起こさず、あくまで平和的な争いをして欲しいんだ。」
随分と身勝手な言いようだな。俺らは別にあなたの自由な駒じゃないんだが。
同じことを思った伽藍堂が言葉を続ける。その声は先程より少しトーンが落ちていた。
「些か難しい題に見える。そも儂らは成行きで集うた衆に過ぎない。そこまでの義理を果たす事由があるのか。」
「報酬を出すと言ったら?」
「断る。」
即答だった。最早伽藍堂と樫野校長との会話に誰も口を挟まなかった。
「理由は単純。目先の欲に溺れた者を幾人もこの目で見てきた。学長も儂の家が神社仏閣であることはご存知であろう。恐らくこの場で最も欲望への畏怖は存じている。それを皆に啓蒙する気はないが、乗じる気など毛頭ない。」
しかしここまでは樫野も予想出来ていたらしく、むしろその言葉を待っていたように、冷笑のような笑みを零す。
「君の親を体育祭に呼べるといったら?」
「答えは変わらん。……だが。」
そこには前に見た伽藍堂の表情があった。禦王殘とは違う、また別の怖さをしていた。
「この場でそれ以上語らんとすることは勧めんな。」
「よし、ようやく本音で語ってくれたね。勿論生徒の嫌がることはあんまりしないよ。これ以上秘密を話すつもりもない。姫崎さんの現在のこととか、八島君の体のこととか、鶴さんの自宅事情とか、ノアさんの半分とか、狐神君の起源とか。」
……?俺の起源?俺はごく普通の家庭にごく普通の男の子として生を賜ったはずだが?
しかし特に名前を呼ばれた生徒はあまり良くない顔をしていた。そこからして当てずっぽうで言っている訳ではないのだろう。この人がそもそもそんな当てずっぽうなんてことはしないと思うが。
「まぁこれだとまるで脅迫みたいになっちゃうから、普通にご褒美はあげるよ。みんな明日明後日は予定空いてたよね?私の権限でリゾート地を予約したから楽しんできてよ!!夏の思い出も欲しいんじゃないかな?」
全員思うことはあったが、ここで否定してもどうせ行かざるを得ないことは何となく分かっていた。それに別にこのメンバーで外出すること自体は全然悪いものじゃない。それに普通に高そうなリゾート地だったし、別に悪い提案ではないかな。俺がクラスのみんなを説得できるかは分からないけど。
「ゲホッ!!ゴホッゴホッ!!」
「夏風邪ね。しばらく安静にしてなさい。」
暑い太陽の下かわいい女子が水着?薄い服のしたにある男子の屈強な肉体?リゾートで優雅な休暇?そんなものあるわけがないだろ。こちとら夏風邪真っ只中だ。
母さんがリンゴを持ってきてくれたのでそれを頂く。しかし夏風邪などいつぶりに引いたのだろう。ダメだ、頭がぐわんぐわんする。しかしとりあえず誰かに連絡を入れて俺が欠席することを伝えねば。
「ノアでいいや」
電話を掛ける。
「はい、どうしたの?狐神?」
「あ……ごめん、俺ちょっと体調崩しちゃって……行けそうにないから伝言をお願いしたくて。」
「あら、奇遇ね。あなた以外にも全員体調不良で欠席よ。私も含めて。樫野校長には申し訳ないわね。……本当に残念だわ。」
なんだ、今夏風邪は流行病なのか?というか風邪って流行るのか?
「……?あぁ、全員でぼったくったのか。」
「それはそうよ。なんで勝手に貴重な休みを潰されなくちゃいけないのよ。それにどうせリゾート地なんて予約してないわよ。私たちが行かないことくらいあの人は予測出来てるだろうし。だから安心して療養に努めなさい。」
「ありがと。」
「お見舞いに行きたいけど、今は忙しくてね。ごめんなさい。」
「気持ちだけ貰っておくよ。忙しい中ごめんね。じゃあ。」
電話を切ると布団に包まる。本格的に体に悪寒が走り、枕をギュッと抱きしめる。さっき母さんは買い出しでいないし、此方も一昨日派手に喧嘩をしてしまったので、看病などせずにどこかへ行ってしまっている。
……でも確か樫野校長がみんな明日明後日は予定がないって昨日言ってたような……まぁいいや。ノアもきっと忙しいのだろう。高校生はみんな忙しいものだからな。
何分、もしくは何時間が経ったのだろう。口の中の気持ち悪さと吐き気を覚え起きた。とりあえず水で口をすすいで顔を洗って少しでもさっぱりしたい。そう思いベットから出るが思ったように体が動かない。三半規管が壊れたように視界が歪む。壁に手をつきながら歩くがそれでも1歩がとても重い。こんな経験を以前にもしたことがある気がした。とはいえ高校生にもなれば人生で風邪にうなされ苦しむくらいは経験がある。多分以前は母さんや父さんが看病してくれたのだろう。しかし今家には誰もいない。母さんも外に出ている。やがて足に力が入らなくなっていき、その場に倒れ込む。
「ちょっと……やばいかも……」
夏風邪で死ぬなんてことはないと思っていたけれど、案外死ってのは予想外のところから来るのかもな。
途絶えゆく意識の中、何か走馬灯のようなものが見えた気がした。




