狐神ロスト
夏休みも後半に入り、しばらくしたら体育祭に向けての準備が始まる。俺はそれまでに夏休みの宿題が終わればいいなくらいの軽い気持ちでいた。とはいえ貴重な高校生の夏休み、もう少し遊びに出てもいいような気はしてた。実際来年は恐らく受験一色に染まりそれどころではないのだから。
そんな時1本の電話が家に届いた。母さんが丁度電話の近くにいたので応える。それから少し戸惑ったような反応をした後に俺に電話を持ってきた。
「学校の校長先生から電話よ。あなたに何かお話があるようだわ。」
「……居留守使いたいんだけど。」
「嘘は良くないわよ。それに代わりますって言っちゃったし。」
絶対あの人のことだ、大した要件でもないだろう。にしても夏休みに直に電話とかどういう用件だろうか。一応母さんから距離を取っておこう。
リビングから俺の部屋に移り、扉をしっかり閉めた後に電話に出る。
「お待たせしました。狐神彼方です。」
「あ、ごめんね。今忙しかった?」
なんでこの国でもそれなりの知名度を誇る学校の校長がそんなフランクに電話してくるんだよ。彼女か?
「はい、じゃあ切りますね。」
「良かった、そんなに忙しくはないんだね。実はこの前ね〜、久しぶりに都会の方に行ったんだけどね〜、なんか〜、ナンパに遭ってね〜、その時の男がね〜、小学男児みたいな服装なのに無駄にイケボでね〜「切りますよ?」えー、分かったわよ。」
本当に切ってやっても良かったが、この人の場合、仕返しに何をされるか分かったものじゃない。
「まぁあえてお母さんがいる時間に連絡したのは、お母さんに『今回の校長は生徒一人一人をちゃんと見てる』っていう体裁が欲しいだけなんだけどね。」
「そんなこと知りたくなかったですし、なんで母がこの時間にいるのか知ってるんですか。」
「特権階級の権利と言うやつよ。それで明後日大切な話があるから学校に来て貰えないかな。まぁ明後日何もないことは知ってるんだけどね。他のリーダー君達も来るからさ。じゃよろしく。」
そう言って向こうから電話を切った。こちらが興味のないことは沢山話すくせに、こちらが聞きたいと思ったことは全く聞かない。本当に嫌になる。これでは行かざるを得ないじゃないか。まんまと手のひらで踊らされてるな。
一応ノアや禦王殘にも確認したが、やはり話の内容は聞いていないらしい。ここは大変面倒だがあの人から直接話を聞くしかないらしい。
そして当日。途中で会った山田アリスと校舎に向かう。その顔は酷く険しいものだった。
「……んでこのクソ暑い日にわざわざ学校なんて行かなきゃいけねぇんだよ……ぶち殺すぞあのババァ。」
「それに至っては同感だな。どうせ大したことじゃないんだろうし。だから山田が来たのは少し意外だった。」
「新学期から動きづらくなんのはゴメンだからな。……おい、暑い。何とかしろ。」
「俺に地球温暖化を止められる力は無いんだが。」
「地球のことなんかどうでもいい。明日爆散しようが知ったことか。今あたしを涼しくしろっつってんの。」
暴君か。とりあえず今女性が多く使っている片手の扇風機を渡してみた。昨日此方に「買ったけど片手塞がるから誕生日プレゼントとしてあげる」とバックに無理やり押し付けられたものだ。俺の誕生日じゃないし。俺もいらないのでぎゃあぎゃあ言い合いをした。最終的には普段の鬱憤も爆発してしまい、俺も久しぶりに怒ってしまった。此方もブチ切れ「とっととくたばれやクソ野郎」など言われてしまった。けれど俺は仮にも兄貴なのだから、流石に俺から謝らなければ。
「……おい、なんだこの遊園地で売ってるガキに誂えるような玩具は?」
「普通にそこらの大人でも使ってる日用品だよ。とりあえず使ってみな。」
俺も使ったことないけど。
「上等じゃねぇか」と言いつつスイッチを入れた。静かな音とは対象に思ったよりも風力が強く、何とかお眼鏡にかなったらしい。
「その後高梨とはなんかあったか?」
「……あの件からあいつの持つアカウントは全部クラッシュさせた。あくまであたしの産廃を再利用した悪さがほとんどだったから、もうろくにネット環境じゃ悪さ出来ねぇだろうな。」
今やネットは大きすぎる武器で、それをとことんまでに壊された高梨はもうなんの脅威でもないだろう。また不和の子分に成り下がったのかな。興味もないけど。
やがて教室に着くとまだ誰も来ておらず、とりあえずエアコンを付けて時間まで待った。山田はエアコンの一番効く席で寝始めた。俺も時間まで特にすることもないので、校舎を適当に歩き回ることにした。
「にしても改めて見ると本当この学校バカ広いな。」
校庭は確か3つほどあるし体育館も2つある。施設の充実さ故の部活の豊富さ、強さが売りだから当然と言われればそれまでだが、1年生徒会で働いている俺でさえ知らない教室などが全然ある。こういう校舎一周の旅と言うのも悪くないかもしれない。
しかし時間の関係上、一周どころか半周も出来ずにみんなの集まる教室に戻った。
そこにいたメンバーは2年リーダー、鶴、姫の14人だった。




