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青春敗者は戦うことを選ぶ  作者: わたぬき たぬき
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移ろう季節と気持ち 12

バラードだからという訳ではないだろう。白花が歌を終えて少しの間、先程の熱気はどこにいったのか、この箱庭は静寂に包まれていた。やがてどこからか小さな拍手の音が聞こえると、それは伝播するようにやがて会場中に響いた。俺も遅れてしまったが、精一杯の拍手を送った。

「ようやく泣きやみましたね。泣き虫さん。」

「……うるせーよ。」

「なるほどな……お前が初代ファンだったのか。」

流石にあんな異常なまでに泣けばどんな人でも気づくか。ここが乱獅子先輩と榎本しかいなくて良かった。てっきり乱獅子先輩には何かされるかと思ったが、そんなことはなかった。

「もし良かったら、お前と小石ちゃんに何があったか教えてくれないか?」

小石がお別れの挨拶用の衣装に着替えている間に、俺と白花の過去を話した。話の最中、乱獅子先輩はただ真剣に頷くだけだった。

「……なるほどな。それは辛かった……いや、辛いよな。あれだけ泣いてしまうのも当然。そうか……お前が……小石ちゃんの背中を押してくれたのか。」

「いえ……そんな大したことはしてないです。ひと夏にも満たない時間を一緒に過ごしただけです。」

「そんなぶっきらぼうな言葉を言われても、あれだけ泣いた後では説得力がないな。きっと過去で最も刻まれた思い出だろう。」

「どうなんですかね。分かんないです。」

「一つだけ、確認させてくれ。……当時の白花小石さんと、今の小石ちゃん、やはりお前には別人に見えるか?」

「そうですね、笑い方なんて特に。やっぱり顔は同じであっても、心が違うと人は変わるんだなと思いました。……でも、時折白花と小石が重なる時があるんです。その時は……ちょっと胸が苦しいです。」

「そうか……ありがとな、話してくれて」と言ってくれた。京の時もそうだったが、この人はイケメンの時は本当にイケメンなんだなと思った。

「あ……出てきましたよ。」

榎本の声で改めてステージを見る。最後の衣装はあの日オーディションの時に着ていたものと似ている気がした。

「はい!皆さん今日は本当にお疲れ様でした!改めて、今日来てくれて本当にありがとうございました!!みんなと一緒に盛り上がることが出来て本っ当に楽しかったよ!!私、白花小石の生誕祭はここで終わりになっちゃうけど、帰りに握手会もやってるから、来てくれると嬉しいな!!……と、いつものライブはこんな感じで終わるんですが〜?」

これには両隣の古参勢が黙っていない。一言一句聞き逃さないように窓に張り付く。

「今日はちょっとした催しとして、抽選1名様限定で私と自撮り風なツーショットを撮りたいと思います!!」

歓喜喝采猛る獣に()るう箱庭荒ぶる光源意気軒昂。

自撮り風というとあれだろか、白花がファンの携帯を拝借して、よくある『ズッ友!!』みたいな感じの画角で撮るあれだろうか。よく分からんが。ちょっとそれは遠慮しときたいな。別にあいつの写真はいらないし、そこに不純物も混ぜたくない。

「じゃあその抽選なんだけどね、実はもう数字は決まっててね?」

この段階で何となく嫌な予感がした。

「榎本、この案内数字の書かれた紙とお前のを交換してくれないか?」

「……あー、嫌です。私は勝負は公平に行きたいので。」

「乱獅子先輩!?」

「邪道な手を使って小石ちゃんの前に立つなど、不敬が過ぎる。」

何でだよ、こんなに白花の事好きなら多少汚くてもいいだろ。いや、まだこの番号を選ぶという証拠はない。今日の日程かも知れない、白花の誕生年かも知れない。自分の名前だなんて安直が過ぎる。そんなエンターテインメント性のない事はしないと信じてるぞ。

「やっぱり私の名前から、『514』番かなって。安直かな?」

「安直だよ。」

勿論俺の声は届くことなんてなく、隣の2人がニヤつく。

「倍率が凄まじいライブのそのVIP席で見れて、さらに抽選で選ばれるなんて狐神はすごいな。一生分の運を使い果たしたんじゃないか?」

「……死ねばいいのに」

「だからいらないって言ってるのに……」

「514番の人はどこにいるかな?514番の人は白いペンライト振ってくれるかな?」

遠くから白花が俺を呼びかける。それに応えないわけにはいかない。白いペンライトを振る。それが俺だとは知らずに。一体どんな顔してあいつのところに行けばいいんだよ。

「あっ!いたいた!!えっ!もしかしてVIP席の人だよね!!すっごい運良いね!!こっちに来てくれないかな!?」

すると扉をノックする音が聞こえた。扉からは「白花さんのステージまでご案内させて頂きます」と声がした。ここまで来ては断れまい。せめて時間を掛け過ぎないように駆け足で応える。

「あ、お疲れ様です。マネージャー。」

「……あぁ、あなたでしたか。」


「マネージャーってこんなことまでするんですね。」

「現場は常に人不足ですから。」

白花のマネージャーは早い足取りで最短距離を歩いていった。俺が競歩でないと追いつけないほど。一応伊達メガネとマスクをする。

「てっきりあなたはこんなとこに来ないと思ってました。榎本さんの誘いですか?」

「まぁきっかけはそうです。でもさっきまでは来てよかったと思ってましたよ。……にしてもよくあの曲を歌わせましたね。『白花の恋人』とかいってニュースになってもおかしくないと思いますけど。」

マネージャーは足を止めてこちらを見た。

「言われたんです。『私が今まで築き上げてきた信頼はこんなリスクに負けない』と。その覇気には勝てませんてました。」

つよいな。

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