移ろう季節と気持ち 8
というわけで、今回召集された理由としては当日の流れの確認。集合場所や時間、スケジュール等。しかしそんなものは15分位で終わった。流石2人は追いかけている分、ライブの動きに精通していた。
残りの6時間ほど、俺はひたすらに仕込まれていた。
「違ぁう!!腕の角度が浅い!!視線が低いっ!なんだもう疲れているのか!?小石ちゃんに『とりあえず踊っておけばいいんでしょ?』と思わせるような踊りなど不要っ!!最初からやり直せ!!」
「はいっ!」
体力化け物の乱獅子先輩は言わずもがな、やはり榎本も普段から鍛えているのもあってかなりの体力だった。さっきまでは隣で踊っていたけれど、今は少し離れて休憩している。その間にも渡された動画を見て研究する。
俺はライブ初心者だからよく分からんが、曲や衣装に合わせてペンライトを変えて、踊りも勿論1曲1曲変える。合いの手は欠かさず、アドリブにも対応するため、白花が当日言いそうな台詞までまとめてある。曲も何周年とか以前同じ会場でやった曲とかから推察できるらしい。怖いのがこれが特設掲示板で共有されていることだ。つまりこのレベルの強者しか白花のライブには来ないということ。うちのアイドル研究部もこの位やっているのだろうか、化け物だろ。なんか負けたくないな。
「もう休憩はいいのか。」
「いつまでも横になってる訳にはいかないですから。1度やると言った以上、妥協はしたくないです。」
「その意気やよし。では俺も少し動くとするか。」
時間もなかったため、残る2日は更に詰めていった。何せ3時間のライブだ。その全てを覚えるのに2日では普通足りない。軽い洗脳状態になりつつも俺は踊り続けた。
そして迎えた当日。最寄り駅でないにも関わらず、電車は超満員だった。しかしバスや車は普通に何キロも渋滞しており、窮屈だが確実に行ける方法がこれしかなかった。
「いつもこんな感じなのか!?」
「い、いえ……今日は平日ですがやはり生誕ライブというのもあっていつもより人が多い気がします。」
「それだけ小石ちゃんが人気という事だな。嗚呼、感無量。小石ちゃんへの想いだけは諸行無常も通じない。」
それから電車を降りても、ドームに向かう道も、ドーム前もどこも人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人。頭がおかしくなってくる。そして改めて当たり前にクラスにいる女子がこんなに凄いのかと思い知らされた。
にしてもここにいるのは多分みんな白花ファンなのだろうが、普通に女性とか、モデルみたいなイケメンさんとかも普通にいるんだな。こういうアイドルのライブってもっとオタク臭い人達が集まるものかと思っていたが、時代は移ろいゆくものだな。
「……にしても異様に目立つな、やっぱ」
少し離れた所に乱獅子先輩が居るが、その体格はやはりどこにいても分かるほど。今は別の白花ファンと歓談中。ファンを名乗るだけあって、知り合いは意外と多いらしい。ちなみに榎本もさすがにバレたらまずいのでいつもギリギリまでは入場しないらしい。今日はVIP席なので早くに並ぶ必要もあまりないような気がするが、どうやら早く並んでいる方がライブ前のグッズ販売に有利だそうで。その辺はよく分からないので言われたまま指示に従う。
やがて遠くから「1から200番の方、物販の方へどうぞ」と声が響く。俺の持つ紙には『514』と書かれていた。見事に『こいし』になってるな。……なんか嫌な予感がするな。
そしてとりあえず物販に入っていった。とはいえペンライトは事前にカラーリングが揃っているものを渡されているし、特に欲しいものもないのでとりあえず眺める。乱獅子先輩と榎本とは後程合流することとなっている。
「にしてもほんと凄いな。」
タオルにTシャツ、マグカップ、時計、写真集、ネックレス、指輪など色んな物が売られていた。これを転売ヤーは沢山買って売りさばくんだな。俺も真似すれば儲かるかな。一応犯罪ではないのかな?
「あ……」
そこには白と淡い色で染められたミサンガが置いてあった。1つ800円。普通にこんな編み物、俺でも15分ほどあれば作れると思う。全く値段に釣り合わないし、高校2年生にもなってミサンガはちょっと恥ずかしいな。
「すみません、これ、1つ下さい。」
でも多分こういうのって実用性とかそういうのじゃないよな。思い出というかなんかそんなフワッとしたもの。見事にマーケティング戦略に引っかかったわ。
「お待たせしました……一応確認しますけど乱獅子先輩と榎本ですよね?」
「あぁ、正装に着替えただけだ。後でお前も着てもらうぞ。」
「早く行きましょう。祭りはもう始まってるんです。」
事前に調べなかった俺も俺だが、なかなか凄い格好をするな。昔の不良が着てた長ランみたいなのに背中に『白花命』て。それに日ノ本のこちらも長いハチマキをして。榎本もなんかその女性版みたいなのだし。まぁそこまでダサい訳でもないしいいか。
「「「おぉ!!」」」
カラオケの広い部屋程度しか考えていなかったがなかなかどうして綺麗なものだった。恐らくファンには堪らないであろう白花まみれの部屋だった。等身大パネル、フォトブック、限定グッズなどなど。持ち帰りはできないようだが写真撮影はオッケーということで、2人とも昂る感情を何とか抑えて手袋でそれを手に取っていた。指紋とか垢とかそういうのだろう。俺も服の袖を少し伸ばしてそれを眺める。
「……」
本当に、大きくなったんだな。田舎のあの部屋で踊っていたお前が懐かしい。今はあの時よりもずっと上手く踊って歌ってるんだろうな。改めてお前の歌を聞けるとなると何故だか緊張するな。
ライブの時間まで、各々が思いに馳せていた。




