止まらない怨嗟 13
次の瞬間ノアに首の根っこ捕まえられて廊下に連れ出された。それはまるで野良猫を追い返すように。
「ごめん、めっちゃ自然に出てた。」
「素直な事は美徳な事が多いけど、そうじゃない時もあるから気をつけてね。」
「うす。」
確かに3か月前とかもそんなので大の大人にめちゃくちゃ感謝されたな。あれは少し大袈裟な全肯定botだとは思うが。
そして何事もなかったかのように「それでは作業開始」と声がけをして作業に入る。全く整理をしていなかったのか、大方のものに埃が被っていた。案の定星川はかなり嫌そうな顔をしていた。
「狐神せんぱぁい、玲奈ぁ、ホコリが苦手でぇ、こういうところだと〜、コホコホッってぇしちゃうんですよぉ。」
「そ、そうだな……それは大変だ。」
やべぇ、理性がぶっ飛びそう。直ぐにでもこいつを襲いたい。その顔面に回転を加えた拳を何発もぶち込みたい。その笑顔を泣き顔でぐちゃぐちゃにしたい。ほんとにこんな人間が存在したのか。
「コホコホ!」
全く、やっぱりこの人はそんなものだったんじゃないですか。まぁどうせ女の人と関わったことの無い狐神先輩には刺激が強すぎましたかね。今だって理性が限界で次の瞬間にでもケダモノの如く襲ってきそうじゃないですか。どうせどす黒い考えで『襲いたい』とか『ぶち込みたい』とか『ぐちゃぐちゃにしたい』とか思ってるんでしょうね。本当に気持ち悪いですが、あともう1歩ですね。これで問題を起こせば直ぐに退学です。さようなら、先輩?
狐神と星川の表情から状況を察したノアは1人思った。
『……とりあえず仕事しましょ。』
それからも執拗に狐神のすぐそばでウザったいほどあざとく演じる星川と、それに対して何とか理性を保つ狐神の攻防は続き、ようやく一段階したところで休憩に入った。
「あいつ何なの?!セクハラで告訴してやろうか!?」
「とりあえず少し落ち着きなさい。何となく状況は分かるでしょ?」
「俺の欲情を煽ってるんですよね!あいつアホなんじゃないですか!?仮にもこちとら白花の魅惑の誘いだったり、ノアの夜のマッサージにも耐えてんのやぞ!?」
「ごめんなさい、夜のマッサージって言い方はやめてもらってもいいかしら。」
そうだな、勢いで言ってしまったが確かに非常に宜しくない。
「でもその言い方だと白花さんにドキドキしてるってことかしら。あなたからはあまり彼女のいい話は聞かないからてっきり嫌いなのかと思ってたわ。」
「うーん……どうだろう。嫌いって訳じゃなくて、そばにいると自分が情けなるから苦手というか。でもあいつが魅力的なのは認めるよ。」
そんなに意外だろうか。別に俺だってノーマルだから普通に可愛い可愛くないとかの見分けはつく。白花の顔面は非常に点数が高いのは誰の目にも明らかだろう。そもそも人間は遺伝的に近い者よりも遠い者を好む傾向があると習った。俺と白花は至る所で遺伝的にかなりかけ離れているから、ある意味生理現象だろう。知らんけど。
「とりあえず第2ラウンドは少しこちらからも手を出してみる。勿論セクハラ的なやつじゃないからな。」
「あなたがそういう事をしない人っていうのはよく分かってるから安心して。私もあんまり仲介に入って誤解されたくはないから極力入らないようにするわ。」
確かに俺と星川が仲良くしてて、そこにノアが入ったら星川に「嫉妬してる?」なんてめんどくさい勘違いしてもおかしくない。俺がしっかりしないとな。
そうして第2ラウンドの鐘が鳴る。先行は先程と変わらず星川が攻めてくる。何もないところで躓き、違和感が凄い転び方をして俺の胸元まで来た。というか途中から明らかに歩数が足りなくてジャンプしていた。
「ごめんなさぁい。玲奈ぁ、ほんとぉにドジっ子ってぇよく言われるんですぅ。」
「……あんまり異性に気安く触れない方がいいぞ?勘違いされるからな。」
これには少し驚いた顔を見せた。悪くない手応えだ。もう少し攻めてみるか。
「特に星川なんて油断してる所が多いからな。そういうのは本当に好きになった人にしてあげた方がその人も喜んでくれると思うぞ。」
知らんけど。さて、星川の反応は如何に……。
「……ブサイクがドブクセェ口から自惚れた能書き垂れんなよ。」
酷くお気に召さなかった様だ。
「……あっ、いえ違うんですぅ。今のわぁ、えぇっとぉ……あっ!最近読んだ少女漫画の男の子のセリフでぇ、シチュエーションが似てたからつい口から出ちゃった的な感じ?です。そんな酷い言葉私が言うわけないじゃないですかぁ。」
「言うわけないじゃないですかぁ」って言われても、俺はお前の人間性を全く理解してないんだが。なんなの、とりあえずにこにこしてればどうにかなるとでも思ってんのか?
「まぁいいや。とりあえず仕事を終わらせよう。このままだと日が暮れるまで作業になる。」
そこからは星川も正気に戻り、普通に作業をしてくれた。まともに機能すると樫野のお墨付きだけあるようでかなり作業が早くなった。いつの間にか先程の口調も戻っている。ずっとあの口調なのが疲れたのか、それとも俺にはあまり効かないのが分かったのかは知らんが、とりあえずこのまま正気を保ったまま今日という日が終わることを祈るばかりだ。




