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青春敗者は戦うことを選ぶ  作者: わたぬき たぬき
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おてんば美女と冷徹野獣 12

姫のドロップキックで吹き飛ばされて瓦礫に埋もれていた奴もだいぶ満身創痍に見えた。だが俺や姫ほどでもない。どちらにしても勝負はもう長く持たないだろう。

合図は何もなかったが、俺と姫は同時に動き出した。先に俺が重い攻撃を足に集中し、踏ん張りをなくす。そして姫の軽く細かな攻撃でもバランスを崩しやすくした。向こうもそれに気づき、致し方ない表情でリーチの長い金属棒を取った。確かに多少近づきにくくなったが、2人相手にこのあまり広くない部屋で立ち回るのは相当難しいと思うがな。

「これで終わりです。」

姫が全力を出したように若干手を抜いた速度で近づく。最初に俺を潰すことは考えてなかったのだろう、姫の速攻を待っているように見えた。

「馬鹿な女だぜ!」

まるで体に巻き付けるような動きで棒を扱うと、遠心力で加速した金属棒が姫の頭めがけて降り下りてくる。それを寸前でかわすと思っていたが、むしろそれに近づいて行った。片手にはいつの間にかタオルを持っていた。そこでようやく動きが分かった。俺は一切の防御を捨てて渾身の一撃の準備をする。

一番速度が乗ったタイミングで姫は両手に広げたタオルを全力で伸ばしながら受けた。奴の渾身の力がそのまま弾性力として返り、まともに力の入らない足ではうまくバランスを取ることもできなかった。大きく仰け反ったところに俺の全体重を乗っけた拳が奴の顔面を捉える。

「悪いな、もう終わりみたいだ。」

言いたいことは言ったので、力の限りでぶっ飛ばした。


車で突っ込んだ衝撃が思いの外強く、また想像以上に火の手が家に周り、徐々に焼き崩れ始めた。何とか立ってはいられるが、走ることはおろか歩くことも困難だった。

「お前、最初から死ぬ気だったろ。」

「……何でそう思うんですか?」

「確かに燃料はそれなりに持ってきた。だがそれを加味してもあまりに火の手が早すぎる。予め屋敷内に灯油でもばらまいてなきゃここまでにはならない。それに『スパイとして潜り込む』なんてある程度屋敷の事を知ってないと無理だ。お前は元々俺を殺すために来たここの家の刺客だろ。」

姫は驚いていた。理由は別に自分の正体がバレたからではない。寧ろあの手紙を送った段階で気づけば、間違いなくここに助けに来る理由はないはずだと思った。しかし宿儺はそれを知ってもなお、ここまでボロボロになっても助けに来た。それに驚きを隠せなかった。

「……なんでそこまで分かってて助けたんですか?今からでも私を殺した方が良いですよ。」

「あ?なんでわざわざ助けた後に「殺してください!!」……お前が姫じゃねぇからか?」

「……もしかしてそれも知ってたんですか?」

可能性の1つにあっただけだ。けど最近、それを本当にやったどっかの馬鹿がいることを知った。人間の禁忌、クローン人間の作製。

「この家がお前の出身てことは分かってたから、ここに来るまでに少しだけ資料なんかを漁った。半信半疑だったが、確かにあった。『姫崎唾棄錬成計画』まぁここの家の人間は大分まともじゃないことは知ってたから驚かないからな。」

名は体を表すというが、成程、最初から唾棄することは前提に作られた人間だったとはな。

「だったら尚更私をここで殺すことを勧めます。……私は誰でもないんですから。」

クローン人間を作るにあたり、その課題の1つに自我の喪失というのがある。きっと今はその軽い状態なのだろう。

一層燃え上がる建物はやがて俺らの脱出口を塞いだ。

「私はあなたの求める姫崎唾棄ではないです。今ベットで寝ているあの人の体細胞から引き出した、姿かたち、記憶を引き継いだだけ人形です。あなたの彼女に会いたいという欲を利用してあなたを殺そうとしたこと、お詫びのしようもないです。だからせめて……ここで私を殺して……」

「何度も言わすな、殺すわけねぇだろ。」

「どうして……ここまで言ってるのに……」

代替品として生まれたってところは、俺も似たようなものかも知れないしな。

「例え望まれずに生まれたとしても、お前はもう1人の人間なんだ。姫と違うというなら、お前はお前でちゃんと生きろ。生き方まであいつに似るな。生まれた理由も、課された責務も全部捨てろ。どうせお前じゃ俺を殺せねぇよ。……それに俺がお前を殺したと知ったら、姫はきっと怒る。」

……そうだな、きっと顔を真っ赤にして俺に怒鳴りつけるだろう。どうせ俺が何を言ったって聞く耳を持たずに、やがて俺の方が折れる未来までムカつくが容易に想像が着く。

「……俺の負けだな。いつからかあいつに惚れてた俺の敗北だな。」

「ほ、惚れ?惚れた?誰が?あなたが?何でですか?」

「知らねぇよ。あいつを眠らせちまったあの日から、ただそれだけはよく思い知った。」

人間誰かに惚れるときになにかしらの行動などがあると思う。けれど俺は逆だった。あいつを失ったことで初めてあいつといる当たり前がどれだけ尊かったのかを感じることができた。皮肉な話、失ってはじめて気づくものがあった。

ふと忘れていたもう一つの要件を思い出し、丁度近くにあったパソコンを開く。そこには案の定、『禦王殘宿儺の公開処刑』なんて書かれたここの監視カメラの映像が流れていた。俺の死を喜ぶ連中に映像で飛ばしていたようだった。丁度いい機会なので、カメラの向いている方向に語りだす。

「これを見ている人間に告ぐ。俺を殺そうとするのは勝手だが、今回みたいなぬるい方法取ることはお勧めしない。理由はもうわかるだろう。それと姫に手を出すことも同じだ。......禦王殘家当主が宿儺の名のもとに、謀叛者にはただ滅亡を与えること、ゆめ忘れるな。」


瓦解した建物の残骸を景気よく蹴り飛ばして、やがて乱獅子の姿が見えた。その周りには既に警察や消防が駆けつけており、担架で2人は運ばれた。やがて外に運び出されると、丁度そのタイミングで屋敷が大きく崩れた。

ボロボロな禦王殘とは対照に、多少砂埃は被ってはいたが、乱獅子は無傷で2人に話しかけた。

「現役自衛官100人組手に比べれば大した事はなかった。しかしなかなかいい汗をかいた。今日は風呂を長めに浸かるとしよう。それよりもお前の方がずっと重症に見えるな。とっとと治療しろ。」

まるでジムを終えた後のような爽快感まで感じられるその背中に自分の弱さを痛感した。目標がない人間よりも、明確な目標がある人間の方がずっと強くなれる。

「俺もあんなふうに強くならなくちゃな。」

「あそこまでいったら流石に引きます……」

「じゃあ程々にするか。お前はこれからどうするんだ?」

「……私は」

その後の会話は崩れゆく建物の音で聞こえなかった。


「ごおっ!?禦王殘!?その怪我だいぶやばくないか?漫画とかなら見たことあるけど、実際に見るとマジで洒落になってないぞ!家帰りなよ!」

「気にすんな。大袈裟なだけだ。」

「でもでもでもでも?!」

いやいや、確かに俺も昨日禦王殘が家を出る時激励しちゃったけど、まさかあの禦王殘がここまでボロボロになるなんて。相手は何だ?グリズリーとかホッキョクグマか?流石に人間の枠超えるのはずるいだろ。いや、乱獅子とか大抵人間やめてるしあんまり言えたことじゃないか。

「ゴタゴタ喚くな。姫を奪い返した。それだけだ。」

「……イケメンかよ。……そういえば何か姫、雰囲気変わった?何となくだけど。あと足やっちゃったのか?」

「さあな。」

車椅子の上で笑う姫のことを遠い目で眺めていた禦王殘の目は、いつもとは全然違う、優しいものだった。姫もまた何かから開放されたような、そんな印象を持つ笑顔だった。


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