おてんば美女と冷徹野獣 11
男が合図をすると、俺の横にあった扉からいかにもガラのわるそうな人間が5人出てきた。何となくそこで流れは分かった。そして姫も同じことを思ったのだろう。「私はどうなってもいいですから!!」と暴れ出す。それに手をあげようとする男に伝えた。
「俺がこいつらのおもちゃにされる代わりに、姫には指一本触れるな。それが条件だ。」
元々姫はどうでもいいらしく、とりあえず俺がボコさせるのを見ていたかったらしい。取引を快諾した。
その直後から周りの暴行が一気に始まる。まずは俺を羽交い締めにして殴る蹴るといった行為。乱獅子とかの一発とは比べ物にならないくらいだったが、何十発も貰えば多少体に堪える。遊び感覚なので急所を狙うとかそんな事はせず、とりあえず拳を振るっていた。今度は床に倒し、その上に1人乗っかり、交代で側頭部をサッカーボールみたく思い切り蹴り飛ばす。何人目で意識が飛ぶか賭けているようだったが、5週目あたりでそれも終わった。実際ただ殴るだけってのは思いの外疲れるからな。次は金属バットを持ってきて殴ってきたが、やがてバットもベコベコになり使い物にならなくなっていた。ガキの頃から散々鍛えられたというか殴られてきた体はまだ耐えることができた。
「……おい、こいつタフすぎねぇか?どんな耐久してんだよ。」
「いい加減気ぃ失えよ。」
そんな弱音がこぼれ始める。檻の中の男も動揺し始めた。
「人間よりも化け物だと思ってやれよ。殺すつもりでやっても構わねぇ、どうせ死なねぇからな。」
そう言うと1人がバールを持ってきた。流石に頭に何発も受けたら死ぬが、骨や内蔵を壊す程度には丁度いいくらいだ。案の定バールを5人で回し何発も食らわせる。ヒビの入る音、折れる音が体内から響く。しかし何とか意識だけは繋ぎ止めた。
何分くらい経っただろうか。ついに連中も疲れ果てて床に腰を着く。
「……おい、どうした。俺はまだ降参なんてしてねぇぞ。」
多少強がりはあったが、1人で立つことくらいは出来る。その姿に5人とも心底恐れているのが分かった。
「早く続きをやれ!」と中から怒号が響く。しかしそんなものより今の俺の姿の方がよっぽど怖いのだろう。ろくに聞こえていなかった。
「す、すまん。俺降りるわ。」
1人がそう言うと続けて残りの連中も入ってきた扉から消えていった。呼び止める声に誰も反応しなかった。所詮そんなものかと嘆息する。
にしてもなかなか不味いな。仮にこいつ単体が襲ってきて、勝てるだろうか。姫を上手く解放出来れば勝機はあるが、やはりこいつをどうにかしなくてはならない。
「……で、どうする。てめぇの有能な部下は全員いなくなったが、今度はお前が来るか?」
来い。そして扉を開けた瞬間に一気に攻める。しかいいづれにしてもまずは俺が姫に近寄って安全を確保しねぇと。
「いや、やめておく。手負いの獅子ほど怖いものは無い。とはいえここから逃げたところですぐに捕まる。今更俺の無事を呑む交渉だってないだろう。あんたのその頑丈さ、というよりかは意志の強さか。それには残念ながら完敗だ。」
「てなわけで」そう言った時点で何をするかはある程度予想がついた。恐らく俺がされて1番困ること。姫を殺してこいつも死ぬ。何の責任も負わないで逃げることだ。
「この子と心中す「させるわけねぇだろ!!」」
ギリギリバットが通る幅の檻に先ほどの凹んだバットを奴のナイフを持った左手目掛けてぶん投げる。手首にあたり、多少痛がってはいるが、そんなもの刹那の時間稼ぎにしかならない。檻の鍵の部分にバールを挟みテコの原理でそこだけ歪める。そして脆くなった場所は力任せに思い切り蹴り飛ばす。
「嘘だろ!?化物かよ!?」
お前がさっき自分で言ってたろ。……ずっと俺も自分が化物だと驕ってたよ。でもあの学校に通って分かった。本当の化物は他にいる。俺なんか大した事はなかったと思った。そこらの血気盛んな獣に過ぎない。肉体的にも精神的にも乱獅子や狐神には遠く及ばない。本当に強くなりたいと思った。姫を守れるように。自分の弱さを自覚できてよかった。
「こいつを守れるなら本当に化物になりたいと願った。お前らなんかには理解出来ないだろうがな。」
渾身の蹴りを食らわせる。ただ俺の動きもかなり遅くなっており、両腕で防がれた。けれど吹き飛ばす程の威力は残っており、その間に姫に繋がれていた錠を壊す。
姫は俯いたまま何も言わなかった。向こうはもう臨戦態勢に入っている。今の俺でもあいつに勝とうと思えば勝てるだろう。本当に死ぬ気でやればだが。こいつだって俺がここに駆けつけるまでどんな事をされていたか分からない。もしかしたら気力がとっくに失せているかもしれない。
だったら俺が掛ける言葉は一つだけ。
「……姫、力を、貸してくれないか?」
自然と手を差し出していた。自然と笑っていた。
変にカッコつける必要なんてない。守られるほどこいつもやわではない。「貸せ」と命令ではなく「貸してくれ」と頼む。何故なら俺とこいつは主従関係でも何でもないのだから。
「……仕方ないですね。寂しがり屋な宿儺君の傍に、あと少しだけ傍にいてあげますよ。」
昔こいつから聞いた童話のように姫様はボロボロの獣の手を取った。
それを開戦の合図のように相手は懐から拳銃を取り出し発砲してきた。抜き出した速度は速かったが、命中はあまりよくなかった。しかし何分距離がある。俺が足を痛めればその都度姫が油断を誘って上手く注意を逸らしてくれた。その間に俺も物陰に隠れたりして接近する。そして手頃なところにあったダンボールを被さるように投げると、その隙に一気に距離を詰め2人同時に左右から拳と蹴りを食らわせる。
「……ってーな!!」
一応訓練してあるのか、それだけでは大したダメージにならなかった。とはいえ折角至近距離まで近づけたのだから2人で一気に畳み掛ける。
俺が大きく拳を振り上げる動きをしている間に姫が足を絡ませ転ばせる。転んだ所を先程の拳を叩きつける。しかしこれを寸前でかわされ逆に蹴りの反撃が来る。それを姫が防ぎその影から一気に跳躍して踵落としを食らわせる。顔面を狙ったが攻撃が逸れて左肩に命中する。痛がる素振りは見せたが、右手で俺の足を掴み、背負い投げのように地面に叩きつけられた。そこから更に足を壊そうと技をかけてきたが、姫の全体重乗っけたドロップキックで吹き飛ぶ。
「大丈夫ですか!?」
「久しぶりにこんなに満身創痍になったな。……正直言って柄にもなくテンション上がってきたところだ。」
口に溜まった血反吐を吐く。頭から流れる血をワックスのように髪をかきあげる。視界が歪み、平衡感覚もおかしい。折れた脚で立つのはキツいし拳を振るう度骨が割れる音がする。周囲の音が遠い。呼吸する度体が痛む。そこからドーパミンが溢れるのを感じる。
「もう少し遊ぼうぜ。」




