新編成と新入生 12
「不和君ッ!!」
大きな声を出したことがなかったので、一瞬それが誰の声か分からなかった。拳は俺のところまで届かず、俺と同じことを思ったのだろう、不和も遠井先生の方を見る。
「直ぐに手を出さない。それに狐神君に挑発するような言葉はやめなさい。狐神君も煽り返すようなことはしないで。榊原君が可哀想よ。」
名前を呼ばれた榊原は「あはは……大丈夫ですよ」と言っていたが、明らかにビクついていた。
入学式はあっても2、3年はその間授業が始まる。とはいっても午後から1年生の勧誘があるため、授業は午前のみ。榊原は教科書は持っていたが、一応フォローで俺と席をくっつける。その間何も話さないというのは流石に気まず過ぎる。
「……何かお父さんから俺の事聞いてたりする?」
「えっ、いえ、何も聞いてませんよ?」
あそこまで悪口を言って、流石に遠井先生のありもしない性癖に驚いて忘れたということはないだろう。別にこちらとしては偏見なしに見られるから別に困りはしないが、普通に異常な人間は何をするか分かったものじゃない。
「お父さんと面識があるんですか?」
「遠井先生と榊原君のお父さんが話している時に少し混じっただけだから、別に面識って程でもない。」
「そ、そうですか。」
なんと言うか、漫画とかなら常に榊原の周りには汗マークというかが飛んでる気がするな。きょどってるというか、いつもビクついているというか。
「……それじゃあこの答えは、狐神、何になる?」
今の時間は現国で、担当は式乃宮先生。コソコソと話しているのがバレていたのだろう。それでもいきなり怒ることはなく、問題を指す辺り優しさを感じる。勿論反省もするが。
「10段落目の言葉だと思います。」
「そうだな、具体的な心情が書いてあるのはここだ。」
先生にもよるが、式乃宮先生の授業はきちんと聞いている。尊敬してるし。間違えろよと、左隣から圧を感じたが多分気のせいだろう。
授業が終わり放課後になると、案の定榊原の周りに人が集まった。それはドブ川に餌をばらまいた鯉みたいな感じ程ではなかったが、それなりではあった。しかし直ぐにでも飽きられるだろう。残念だけどこの人には面白さというものを全く感じられない。俺もそうだったから分かるけど、別に何悪いことした訳でもない。それなりに交友関係もある。でも親友と呼べる人もいなければ、持続性もない。求められることはなく、優先度は低い。ある意味一番虚しく感じる。誰に何を話してもふわっとした回答で、感触のないような。
「まぁそんなことはどうでもいいや。」
それよりも気になるのは禦王殘の事だ。大鵠の変な読みが当たってなければいいが。
禦王殘のクラスに走る。見た限り、こちらも帰りのホームルームは終わっているようで、扉から生徒が出始めた。禦王殘は背も高いし、何より雰囲気があるから一発で分かる。その姿はいつもと変わらないように見えた。
「禦王殘。今日クラスに転校生来なかった?」
「……随分と情報がはえぇな。今日来る予定だったらしいが、明日に変更になったっつってたな。それがどうかしたのか?」
ここまで来たが大鵠が言っていたあの内容を伝えてもいいものか。どれほど禦王殘にとってその女の子が大切なのかは知らないが、人の思い出に土足で入ることは良くないことだ。
「いや……やっぱ何でも「いいから話せ。うじうじされんのが一番うぜぇ。」」
確かにそれは分かる。
顔面が潰されるんじゃないかと思うほどに力を込めていたが、俺が降参すると直ぐにその手を離してくれた。
「大鵠さんが言ってた何の根拠もない事なんだげど、もしかしたら今日来る予定だった転校生って、禦王殘にとって弱点となる人なんじゃないかって。」
「は?」
「大鵠さんも皆目見当つかない様子だったけど、前に乱獅子さんと争った時、言ってたよね。『姫』って。」
「……くだらねぇ。」
お?
「あいつのそんな妄言いちいち拾ってたら思う壷だろ。山田の時のこと忘れたのか?お前をからかってるだけだろ。」
それだけ言うとゆっくりとした足取りで帰って行った。
「……まさか、な。」
「……『姫』について何も言わなかった。」
翌日、永嶺が教室に来た。永嶺を心配する生徒が周囲に集まり、それにいつも通りの笑顔で応えていた。だが、席替えをしてその後ろが俺だと分かると明らかに顔が曇った。正直そろそろめんどくさい。女はめんどくさい生き物なのと前にどこかで聞いたことあるけど、女子高生はさらにめんどくささに拍車がかかる。今は禦王殘の件が最も気になっているから、早く終わらせたい。
「永嶺。」
「えっ!?はいなんでしょう狐神さん!?」
こちらが手を招くとそそくさと来た。とりあえず話はできそうでよかった。
「敬語やめろ。......林間学校の頃、俺に普通に接してくれる永嶺に何かお礼がしたかった。永嶺は大鵠に復讐したくて正常じゃなかった。もうそれでいい。これ以上俺に迷惑をかけないで欲しい。今は親しき隣人みたいな感じでいい。以上閉廷。」
色々何かグダグダ言っていたけど何も聞いてやらなかった。隣の榊原も自分が間に入るべきではないと分かってはいるだろうが、俺が無視をずっと続けるので小声で俺に話しかける。
「こ、狐神君.....。反応してあげないと少し可哀そうだよ。」
「嫌だ。俺は永嶺とは普通の友達でいたい。それだけは俺も絶対に譲れない。」
その言葉になんか二人とも黙ってくれたので助かった。




