短い祭り 7
その声が安川のものではないことに気付くのに少し時間がかかった。
「深見……」
「勘違いすんなよ、てめぇのあの提案に乗ったわけじゃねえからな。にしても安川、お前いつの間にか随分とクズになったな。」
「先輩には敬語を使え。そんなことさえ分からないからあんな下らない理由で退学なんかするんだ。」
「年だけ無駄に食った連中のどこを敬うんだよ。こんなやつに切り捨てられたのか俺は。」
この二人はどうやら俺という共通の敵を持つことで協定みたいなのを結んでたらしいが、そうでないと普通に険悪な関係のようだ。
大きな溜息をつくとこちらに歩いてきて俺と安川の間に入る。それを敵対とみなしたのか、いきなりポケットから何かを出した。それに反応した深見だったがわずかに触れたらしく、「バチッ」と音がすると俺の前に倒れこむ。どうやら安川はスタンガンを隠していたらしい。
「せこいなんていうなよ。慎重なだけだ。番犬が噛みついてきたようにな。……にしても大した威力だ。」
カッコつけてるところ悪いが、この言葉にはつい笑ってしまう。「何がおかしい」と言いたげな目をされるがそんな知れてるだろ。
「違うだろ先輩。あんたはただ臆病なだけだ。上手く人を使う自身がない、そして人を端っから信じれないあなたの弱さだ。」
俺の挑発が頭にきたのか、スタンガンを押し付けられる。そしてそのまま意識を奪われる。と思ったら今度は意識がはっきり戻るまで顔面を殴り続ける。折角治りかけていたのに。こいつのいつもの冷静さはどこに行ったのか。
「疲れるな。バットでも持ってくるべきだったか。というかもういいだろ。今更どうやったってお前の退学は消えない。それとも何だ?まだ俺が自白するとでも思ってるのか?それに仮にお前らが協力して「安川がやりました」って言ったところで犯罪者野郎と退学した奴の言う事なんて信じない。精々俺の罪を背負ってとっとと消えろ。」
そしてそこらへんにあった椅子で殴られる。もう意識を保ってるのがしんどい。
でも、もういいか。
「......騙したことは悪いと思ってますよ。こんな古典的な罠に嵌まるなんて思ってませんでしたから。」
「何だと?」
ジャストタイミングで先生たちが視聴覚室に雪崩れ込んでくる。何か俺と深見に叫んでいるようだがよく聞こえない。そして安川は事態が呑み込めないのか、バカみたいに「え?なに?」みたいな顔をしている。……無様だな。
次目覚めた時は保健室で真弓先生に見降ろされていた。ついビクンと体を動かすと体中が痛む。そこでようやく自分が先ほどまで何をしていたのか思い出した。
「あ、あの先生……」
「朝早いとは言え、学校中にあんな放送かけたらそれは問題になるわよ。とりあえずあなたはこの後職員会議、深見君はもう終わって帰らされたわ。それと放送室にいた蓬莱殿さんは厳重注意、そして安川の処置はまだ検討中よ。」
協力してもらった鶴には悪いことをしてしまったな。安川の処置はまだわからないがあの放送を聞けば流石に判断を変えらざるを得ないだろう。俺がどうなるかはわからないが多分退学にはならないだろう。また首の皮一つ繋がった。
その後の職員会議では俺の口から何があったのか詳細に聞かれた。俺はあったことをありのまま話すとどうやら深見ときっちり話があったとのこと。なお安川は前と変わらず俺と深見が勝手にやったと言っているらしい。でもそれを信じる先生はいなかった。そして俺の罰は校内の勝手な放送をしたことに対する反省文一枚。これには式之宮先生もにっこり。
「すまん、白花。この後少し時間あるか?」
放課後、白花に事情聴取を受けていると待っていた深見がやって来た。俺と違いほとんど怪我はなく手に軽く湿布を貼っていただけだった。事情は話してあるから白花を置いて俺は少し離れたところに移動する。
「白花さん、今更過ぎるけどあの日の事をずっと謝りたかった。許してほしいなんて言えない。だけど、すまなかった。」
「別に平気だよ。深見君の顔を見ればわかるよ、ずっと苦しんできたんでしょ?だからもう自分を許してあげて。それよりまた一緒に学校で過ごそうよ。ね?」
「……本当に白花さんは優しいんだな。だけどごめん、学校には戻れない。今回の問題の俺への罰は『今後許可なくこの学校に近づくな』だから。白花さんに最後に謝れて本当によかった。」
その言葉を最後に二人の会話は終わった。俺もこれ以上ここにいる理由はないので一言白花に感謝の言葉をするとその場を立ち去った。これできっと深見と会うことは二度とないだろう。その背中を遠く見つめて思う。
けどな深見、お前の謝罪の言葉も最後に浮かべていた涙も、何一つ白花は興味なんてないと思うぞ。
こうして怒涛の文化祭はついに終わった。瀬田会長からはよくやったと褒められたが鶴からは「……私だけ損な役回りだと思う。」と怒られた?今度何か言うことひとつ聞くからと適当に済ませた。
この時期は2年生が修学旅行でいなくなるがうちの生徒会には大して関係ない。というか何でうちには2年が誰もいないのか。瀬田会長に聞いても使える人材がいなかったと言うが問題はどうしても起きる。次期生徒会体制になった時、1年しかやってない俺たちに生徒会を全任することだ。それもここまでの規模の学校を1年の経験で管理できるようにならなければいけない。「みんなになら任せられる。」とあの人は言うがどうしても不安は拭いきれない。
「ここでとある生徒から意見箱に手紙が届いた。『この時期は何のイベントもなく暇です。なんかしろ。』だってさ。はいみんなで考えよう。」
「それ会長さんの意見じゃないんですか?」
「……イニシャル、H.S。瀬田 仁志。……会長。」
意見箱があるなんて初めて知った。でも確かにこの時期は結構やる事ないよね。部活とかなら代替わりとかで少しは盛り上がりそうだけど。そういやうちの3年はいつ消えるのだろう。
「瀬田会長たちっていつ引退されるんですか?」
「ん?まぁ2年がいない分ギリギリまでいてやるよ。とは言っても冬くらいが限度かな。そこで新たな会長が決まってると安心できるな。お前がなってもいいんだぞ。」
その瞬間ノアと禦王殘から凄い目付きで睨まれる。俺は笑うのが精一杯だった。