遅咲きの春 12
書類整理、在庫確認など、榊原によって溜まった仕事は2人の生徒によりかなり片付いた。マニキュアが欠けた、お気に入りのイヤリングが汚れたと喚いていたが、校則に引っかかるギリギリなので自業自得かと。
しかし流石に仕事が終わったから帰れだけだと特に鏡石さんからブーイングがすごそうなので、簡単な菓子とお茶を出した。
「……何これ。人間が食べても問題ない系?なんか戦後のお菓子みたいなんだけど。」
「外郎て……いや美味しいとは聞きますけど。高校生には合わんでしょう。先生友達とかいます?最近は外国から色んなお菓子が入ってきていてですね?」
「……美味しいもん。」
……。
「おいどうすんだ鏡石、高校の教師が幼児退行始めたぞ。」
「やっぱし学校の教師ってブラックなんだ。現実逃避の仕方がガチだし。」
「随分楽しそうですね、遠井先生。」
いつの間にかそこにいた樫野校長が2人の為に置いておいた外郎を口に運ぶ。「あまり外郎は好きではないのですけれど」と言いながら。2人が食べなかったから私が後で食べようと思っていたのに。
「榊原さんがお呼びです。……狐神君も一緒に。」
「俺も?」
「どこからか知らないですけれど、あなたのクラスの実情を知っているそうですよ。それも踏まえて狐神君と話したいそうです。」
十中八九それを脅迫材料に私に抵抗をさせないようにすることが目的でしょう。今更狐神君のことを改めて世間に公表してもあまり意味がない言うのに。ここまできたら徹底抗戦するわ。
「いやぁごめんね。君が狐神君だったかな?貴重な青春の時間を割いてしまって申し訳ない。」
「いえ、それで自分がここに呼ばれた理由というのは一体……」
狐神君、あなた中々いい笑顔するわね。正直驚いたわ。案外接客業とか向いてるんじゃないかしら。
「聞いたところによると、どうやらこの学校で酷い扱いを受けていたそうじゃあないですか。謂れもない罪を着せられて誰も信じてくれないなんて。辛かったよね。よく頑張ったねぇ。」
「ありがとうございます。ほんと辛かったですね。どっかの誰かが仲間をしてくれればまだマシだったんですけど。」
耳が痛い限りだわ。あの時に戻れるのであればやり直したいくらい。そしたら全面的には味方をするのは少し難しいかも知れないけど、少なくても話を聞くぐらいのことは出来るのに。
「何度か授業を見させてもらったけど、今ではすっかりクラスの一員になれてる感じがするよ。努力の賜物だね。」
「いやー、お褒めに預かり光栄です。」
それは......どうなのかしら。少なくてもドッジボールをしている彼は、その輪には入れていなかったように見えたけれど。
「君のような素晴らしい生徒に是非優とも友達になって欲しいんだ。お願いできるかな?」
「あっははは。」
私なんかと話す時よりもずっと楽しそうに会話をする。そうか、それはそうよね。嫌いな人間の話で盛り上がって楽しくないわけない。
「実を言うと少し遠井先生のクラスに預けることは不安だったんだ。遠井先生ともこれからもっと話をしていくんだけど、優が困った時になっても君のように助けてくれないのではないかって思ってね。」
「なるほど、それは有り得ますね。」
楽しげに話す2人に対して怒りや苛立ちはなかった。あるのは恥ずかしさと情けなさ。自分は教師失格だと心から思った。この子が抱えていた物も、先程まで話していた楽しそうな会話の裏にもこんなにも恨みがあったのね。1年も担当としてクラスを持っていたにも関わらずそんなことすら分からないなんて。
「でもなんでそんなこと見ず知らずのあんたに言われなきゃいけないんだよ。」
「……狐神君?」
「あんたが元教師でどんな権力持ってるかとか知らないし、俺にとってはただのおっさんなんだわ。なのにそんな知ったかぶりで、しかも上から目線で物言いすんの?遠井先生がこうなったのもあんたの影響だろ?第一視線がさっきから気持ち悪いんだよ。遠井先生の太ももばっか見て、俺の事なんかまるで見る気もないじゃん。」
生徒からの指摘には流石に榊原も慌てる。もし私がそんな事を言ったところで「自意識過剰」の一言で片付いてしまうが、生徒間でそういう話になれば、対応も変わってくる。
本来であればここで狐神君を叱らなきゃいけない場面ではあるけれど、教師といえども人間。自分がダメになりそうな時に味方をしてくれる人の言葉を遮れなかった、
「中途半端な同情ほど、被害者を苛立たせるものはないですよ。それとこれから沢山話すとか言ってましたけど、遠井先生こんなんでも忙しいんですよ。最近自分の趣味の時間が取れないって嘆いてましたよ。」
何となく嫌な予感がしてここでようやく我に返る。
「ちょっと、何?私の趣味の時間て。」
榊原に聞こえないように耳打ちをする。
「任せてください。嫌いな異性から間接的に距離を置く方法があります。しかも訴えられるとかそんなこと出来ないです。」
今にして思えばそんな理想的な考えあるわけがなかった。しかしこの時の私は、不覚にも狐神君の印象がかなり上がっていたところだった。
「趣味……とは!?」
遠井先生の貴重な個人情報に、榊原は案の定目をキラキラさせて思わず前のめり。大抵のものであれば、それを口実に学校以外でも接触できる可能性がある。ジムとかなら同じとこに通えばいいし、読書とかなら本の貸し借りも可能である。
「小説です。」