遅咲きの春 10
「遠井先生これ、課題です。……なんか今日は化粧下手ですね。昨晩は合コンでも行ったんですか?なんか遠井先生の合コンはスティーブジョブズとか校長先生みたいですね。爆弾処理班に持ち帰られそうです。」
「……本当に何を言ってるのか分からないのだけれど。」
「まぁそんなことは置いといて」と勝手に話を切った。
「やっぱり榊原の事で悩んでいるんですか?」
何か上から目線のように感じたので少し腹が立った。
「あなたには関係の無いことよ。話がそれだけなら行かせてもらうわ。」
「1つだけいいですか。」
遠くから「狐神く〜ん」と永嶺さんの声がした。それに対し狐神君は「ちょっと待って」と応える。狐神君と永嶺さんの関係は少しだけ式之宮先生と樫野校長から聞いたことがある。今や普通に接しているが、林間学校の際にはかなり色々あったと聞いていたが、いまやその面影もない。
「遠井先生を苦しめたのがあの人なら、なんで先生になったんですか?普通そんなトラウマ抱えるくらいの職になりたいとは思わないと思うんですけど。」
「……関係ないことよ。」
……そんなもの、助けてくれたのも教師だったからに決まってるでしょ。あんな忌み嫌う教師もいれば、在学中ずっと私を励ましてくれた教師もいたの。勤務時間とか、教師義務とかそんなの放って私を救ってくれた。私がなりたかったのはあんな人。
「……私も馬鹿ね。」
「馬鹿じゃ先生は務まらないかと。」
榊原のことばかり頭に入ってきて、恩人のことを完全に忘れてしまっていた。あの人は無理に戦おうとか、克服しようとかは言わなかった。
『辛かったよね。よく頑張ったね。』
謝罪とか、罰とか、償いとか、そんなものよりその言葉が欲しかった。私の耐え忍んだ日々を共感してくれたことが、本当に嬉しかった。
私なんかとは違い、冤罪を自分の力で解決した彼に私は言うべきことがあった。教師という立場を利用して生徒を貶めたあの男と、教師という立場にも関わらず生徒を突き落とそうとした私。大して変わらないじゃない。それはもう覆らないこと。であれば、私がすべき事は決まってる。
「狐神君。」
「なんですか?今から永嶺にトマトの育て方聞くんですけど。」
「ごめんなさい。あなたの味方にならなくて。こんなこと言って許されるわけないと思いますけど、それでも謝らせて。私はこれから、ちゃんとあなたの味方になるわ。」
休み時間にはしゃぐ生徒の声で、他の生徒には私の言葉は聞こえなかった。恐らく狐神には聞こえているはずだが、返答はしばらくなかった。
「……俺はもう大丈夫です。それよりも多分、あの転校生君を今度は守ってあげてください。何となくあの子は被虐体質というか、虐められるような雰囲気出してましたんで。仮に性根が腐ってたとしても、多分俺の後輩なら『それを導いてこその教師』なんて無駄にかっこいいこと言うと思うので。俺も気が向いたらあの生徒の力になる可能性もなくはないですが。」
そしてもう何度目かの邂逅。今日の要件はいったい何だったのかすらもうどうでもいい。どうせお互いに意味のないと分かっている会話をするだけ。
「榊原さん。」
「はい?」
「もうやめにしませんか?こんな意味のないこと。私目当てに来ているんですよね。」
学生時代はろくに声も上げることができなかった。だから今こんな顔をしているのでしょう。人間誰でも変わっていくもの。ひ弱で守られてばかりの私じゃないのよ。
「はっきり言って迷惑です。業務が滞りますし、贈り物なんて困りますし、すでに入学の説明は終わってます。何よりセクハラで訴えることも可能なので、これ以上の不必要な接触はやめていただきたいです。」
「これはこれは。あの頃のあなたとは思えないほどの気の強さだ。仮にも生徒の保護者に向けてその言動。私が教育委員会に訴えれば問題になることは必至ですよ。」
「その時は全力で戦うまでです。私は悪くないですから。」
全然臆した様子は見せないわね、なんとなくわかってはいたけれど。それどころかむしろ楽しそうな顔さえして。まだ私が本気でないと思っているのかしら。
「きっと誰かに唆されたのでしょう。影響を受けやすいあなたのことだ。でもよもや敵を私1人だとは思ってないですよね?私だってもとは教育関連で働いていた身ですよ?」
「......この学校の教員にお知り合いがいると言いたいんですか?あなたの味方をするような。」
「さぁ?でもいるかもしれないですよ?」
馬鹿馬鹿しいわね、きっといないんでしょう。苦しすぎる言い訳。後ろ盾もない以上、いよいよ私がこの人に臆する必要はないわね。
「おんや?よもや信じてないですか?いやはや、これは悲しい。」
どうせこの言葉も嘘なのでしょう。騙されないわよ。
「……一応聞きますが、その人を教えてはもらえますか?」
「えぇいいですとも。あなたは私の大切な人ですからねぇ。樫野校長ですよ。」




