表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
青春敗者は戦うことを選ぶ  作者: わたぬき たぬき
255/596

遅咲きの春 8

部屋を出て、今度は校舍を案内する。この校舎の広さは言うまでもなく、全部回るには丸1日かかってしまう。長時間この人といるのは精神的にかなり厳しいが、流石に子どものいる前で変なことは起こさないだろう。

「優君はやっぱり緊張されてますか?」

優と呼ばれた生徒が緊張しているのは誰が見ても明らかだが、そのくらいしか話題がなかった。

「は、はい。すごくしてます。僕あまり積極的に話しかけることは苦手なので......」

視線が全く合わない。あまり言いたくはないけれど、この生徒は友達には恵まれないでしょうね。真面目過ぎるような、冗談があまり通じないような。今のうちの学校ではあまり考えられないけど、いかにも虐めに遭いそうな人間ね。

「優、せっかく新しい環境で過ごせるんだから、自分を変えたいと思うのなら一歩踏み込んでみないと。」

「......う、うん。分かってるよ、僕も色々考えてはいるから。」

廊下の窓から丁度1年7組、8組がグラウンドで体育をしていた。どうやらクラス対抗でドッジボールをしていた。村上がボールを投げるも、的外れな場所に飛んで行った。そして自分がかつて貶めていたその生徒は、みんなが楽しそうにしている輪には近寄らず、1人離れた壁にもたれかかっていた。

「あの子たちが確か7組の生徒さんですよね。いやぁ、みんな元気で若くていいなぁあ。」

「あれが、僕が入るクラスメイトか。」

3人が窓の外を見る中、遠井の首元から尾骶骨につつーっと気持ちの悪い何かが伝った。危うく声が出そうになったが、何とか抑えた。いつの間にか隣に立つ榊原の顔は変わらず生徒を眺めて笑っていた。


「今日はこのくらいにします。この後予定がありまして。大変申し訳ございませんが、今後も何度か校内見学をさせてもらってもよろしいでしょうかね。遠井先生。」

嫌に決まってるでしょ、なんて口が裂けても言えないでしょ。

「はい、本日は優君ともお話ができてよかったです。それではまた後日。」

1時間にも満たない接触だったが、別れた後、近くの椅子に倒れこんだ。どんなに息を吸い込んでも全然呼吸ができないようなそんな感じだった。ねっとりとした気持ちの悪い汗が体中から吹き出る。

こんな調子で本当に大丈夫かしら。今日なんかはほとんど何もされなかったけれど、これから先はさらに過剰なことをしてくるでしょうね。身体的接触から精神的凌辱、校外でも接触を求めてくるでしょうね。勿論理由をこじつけて断りづらい状況にするでしょうし、仮に問題になってもまず樫野校長が庇うということはないでしょう。本当に教師を辞めたくなるわね。


「遠井先生具合悪いの?」

「先生は大変だねー。」

「これあげるよ。」

「社畜じゃん。」

いろんな形であれ、生徒の多くは私の体調を心配してくれていた。教師たるもの、生徒に心配されるようではいけないが、休んでばかりもいられない。与えられた業務をこなし、生徒の期待に応えてこその教師だ。

何とか授業が終わった放課後、職員室に電話が入りそれが私に回ってきた。

「あぁどうもぉ、榊原です。いやぁねぇ?先日教えていただいた制服屋に制服を取りに行こうとしたんですがねぇ、どうやら地図をなくしてしまったようで迷ってるんですよ。大変厚かましい申し出なのですが、もしお時間あればご案内していただきたく思いましてね。」

そのくらい携帯で調べて自分でいきなさいよ。迷子の子供でもあるまいし。......なんて、どうせ接触することが目的なんでしょうね。普通校外で保護者と接触なんてご法度でしょうけど、電話で解決なんでしないでしょうし。一応校長に聞くだけ聞くことにしますか。


「いやぁ助かりました。すみませんお手数おかけしてしまいまして。自分が携帯を使えればいいんですけれど。もしよければお礼も兼ねて喫茶店など行きませんか?いいとこ知ってますよぉ?」

行くわけないでしょ。

「すみません、私用で保護者様及び生徒との接触は禁止されてるんです。それにまだ業務も残ってますので。それではこの辺で失礼させていただきます。」

話をぶった切り、強引にその場を離れる。

「まぁまぁ、待ってくださいよぉ。」

小指、薬指、中指、人差し指、親指がねっとりと私の指に絡まる。まだ春先で寒いのに、この手汗の量はどうなっているのか。もみもみとその手が動くたびにその手汗が体に浸み込んでいくような悪寒がした。

「んふふ。じゃあせめてこれを差し上げます。この時期は冷えますからねぇ。」

どこからともなく出てきたそれを私のパンツスーツの中に入れる。ついでにその際ポケットの中身も弄られた。本当に何からなにまであの人間は変わっていない。ポケットに入れられた牛乳は、私があの人と行動した間に買っているところなど見ていないはずなのに、異様に暖かかった。その温もりにまた吐き気がする。


やがて榊原の姿が消え、私も学校に戻ろうと振り返ったとき。

「梶山、どうしよう。うちの担任が援交してるんだけど。」

「……流石に違うんじゃないかな。何か貰ってはいたみたいだけど。」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ