最後の証明 7
忙しくて忘れていたが、卒業式がもう明後日まで迫っていた。それに伴い学校も午前授業になった。ここの学校は生徒数から1年生が卒業式に参加することは基本ない。二年生になって初めてどんなものか知る。一応ビデオでその様子は撮影しているらしいが、別にそれを見たいという生徒はあまりいない。3年生と深い関わりがある生徒なんてほとんどいないだろうし、なんなら卒業式が終わった体育館前で待っていればそこで言葉をかければいいだけだ。
なのになぜだか生徒会役員という役で俺も当日参加が義務になった。犯人は樫野。基本座っていればいい、指示された時だけ立ったりお辞儀すればいいとは言うが、もうちょっと前にふつう知らせるだろ。嫌だぞ、1人だけ変なタイミングで立ったりするのは。
「あなたも本当に大変なのね......。」
結局練習に参加できたのは前日の最終予行練習だった。一応前日に起立、着席のタイミング、校歌も何とか覚えたが、全く自信はない。なんか高校に上がったら校歌って全然歌う機会ないんだよな。昨日初めてどんなのか知った。変に古めかしい言葉とかあっていまいちう意味は分からなかったが。料理とか風呂掃除とかを母さんがやってくれる分時間はあったから助かった。
「瀬田さんとは春風さんを見送りたいって気持ちはあるからまだいいけどね。」
にしてもまたここに戻ってこれたのは本当にうれしい限りだな。前のメンバーとは変わったけれど、生徒会の庶務(仮)としてまたここに居られる。やっぱりここは居心地がいい。
予行練習中、俺の在席に何人もの生徒は驚いた表情を見せた。特に瀬田さんは答辞を読む演技の時に俺を見て咳き込んでいた。そして春風さんも卒業証書授与の際に俺を見て咳き込んでいた。
「いや驚くわ!昨日までいなかったとこに急に湧いたんだぞ。しかも何か生暖かい目でこっち見てくるしよ!!」
「ごめん狐神君、確かにあの目は少し気持ち悪かった......」
なんてことを言うんだ。俺は旅立つ先輩を畏敬と欽仰を持って......何で他のみんなも笑うんです?なるほど、OK。
「まるで父兄のような顔つきだったぞ!」
明石の的確な言葉に堪えきれなくなったみんなはその場で大爆笑した。俺もその空気に充てられ大笑いした。最近は少しずつ楽しい事も増えている気がする。窃盗のことはまだ分かんないけど、両親が帰ってきたり、3年生を送り出すことができたり。そんなことを言ってると変なフラグにしかならなそうだからこれ以上はやめておこう。
卒業式は天気にも恵まれ、暖かくよく晴れていた。まさしく春の門出に相応しく、多くの生徒、保護者が体育館に集まった。俺に関する問題がいくつもバレていく中で、もっと保護者には怪訝に見られると思ったが、そんなことは一切なかった。校長が何をしたのかは知らないが、上手く誤魔化しているらしい。卒業式はつつがなく進み、授与式では既に泣き始めてしまっている人も少なくなかった。俺はまだその3分の1しか経験してないから、そこまで悲しいという気持ちはない。確かに瀬田さんなどと会えなくなるのは悲しいが、この時代会おうとすればすぐに会える。近くなったものだ。
「卒業生代表、瀬田仁志。」
「はい。」
いつも着崩したような制服はまるで新品のように、最後の役目を果たそうとしている。その階段一歩一歩をどんな気持ちで上っているのだろう。そして壇上に上がるとゆっくりと館内を見回す。最後の景色を残しているのだろうか。
「凍てつく寒さが徐々に緩み、暖かな陽だまりを感じる今日。教師の方々、ご来賓の方々、ご父兄のご臨席いただく中、卒業式をできること、心より感謝申し上げます。思い起こせばこの三年間、多くの思い出がありました。定期テスト、体育祭、文化祭、林間学校、修学旅行。どれも私にとっていい思い出です。そこにはいつも大切な仲間の存在があり、それはこれからも変わらないかけがえのない宝物になるでしょう。今日をもって私たちはこの学校を卒業しますが、ここで学んだことを胸に刻み、将来に向かって羽ばたいていきます。ご清聴ありがとうございました。卒業生代表、瀬田仁志。」
「え、短くない?」
基本的に当時の言葉はそれを言う人が決めていいわけだから、時間の指定があるわけではない。でもこれではあまりに短すぎる。隣に座る兜狩も「確かにこれだと締まらないな」と俺と同じ考えを持っていた。
「じゃあこっからはただの瀬田仁志として話すか!」
その言葉に先生たちは動揺していたが、卒業生はみな「それでこそお前だよ!!」と先ほどとは違い一気に会場は盛り上がった。この事態に樫野はどうするか見たが、「好きにやらせておけ」といった様子だった。確かに卒業式で嵌めを外す学校は珍しくもないけれど。
「まず保護者の皆様方も周知かと存じますが、うちの学校では大きな問題が何回か起きてます。でもそれはうちの学校の風紀とかじゃなくて、生徒が考えて起こした行動の結果です。確かにそれは結果としていいものにはなりませんでした。厳しい罰則で縛ればきっとそんなことは今後起きないでしょう。でもそうなれば生徒の自由と自主性は奪われます。今日こうして笑顔で卒業することだってできなくなります。それはどうか奪わないでほしいです。」
「何を馬鹿なことを言ってるんだ!!実際警察が動く事態になるまでなったじゃないか。校則は厳格にして然るべきだ!!」
瀬田さんの急な演説に明らかに面倒くさそうな親父が出てくる。他にも何人もの保護者が同じ意見らしく、「そうだそうだ」と言っている。俺もこれにはさすがに保護者の気持ちがわかる。むしろ学校側の対応の遅さを感じる。
会場の雰囲気が一気に変わり最早卒業ムードではなくなった。でも瀬田さんは一歩も引かなかった。そして俺はようやく気付いた。卒業しても瀬田さんはこの学校のことを守ろうとしているのだと。そしてそれは瀬田さんだけでなく、卒業生も巻き込んでいるのだと。
「警察沙汰になった後、私たちは自分たちでもう一度深く反省しました。自分たちの過ちとその大きさに。私が言いたいことは、ただ頭ごなしに悪いこと全てを否定されるとかよりも、きちんと間違えたことを反省する方が遥かにその意味を知れる。多少厳しくするのは致し方ないと思いますが、それで生徒の自由を奪って欲しくないのです。」
最後の言葉に少し保護者が押し黙ったのを見ると、瀬田さんが一気に詰める。
「事実その後の学校の印象は過去一番良いという結果を出しました。大学進学率、難関校進学率も歴代でダントツの1番です。数字以上に信じられるものはないかと。」
その意見に特に意見する者はいなかった。瀬田さんと3年生はしてやったりと一瞬笑った。
「ではこれをもちまして、卒業式生代表の言葉を終わります。」
その瞬間、特に3年生から大きな拍手と歓声が響いた。そして一瞬俺を見て、また笑った。